20世紀日本人名事典 「伊東 万燿」の解説
伊東 万燿
イトウ マンヨウ
生年 大正10(1921)年9月16日
没年 昭和45(1970)年11月26日
出生地 東京市
本名 伊東 満(イトウ ミツル)
学歴︹年︺ 成城高卒
主な受賞名︹年︺ 新日展総理大臣賞︹昭和42年︺﹁踊る﹂,日本芸術院賞︹昭和43年︺﹁踊る﹂
経歴 父に画を学ぶ。昭和14年新美術協会展に初入選、16年新文展に﹁楽人﹂が入選したが、その直後応召、19年除隊。戦後日展を中心に活躍。22年﹁落葉する頃﹂、24年﹁高原清秋﹂がともに日展で特賞となる。25年日展依嘱となり、29年﹁無言(しじま)﹂で玉堂賞を受け、35年日展会員となる。この間、深水門下による青衿会にも出品し、25年結成された日月社では委員、のち総務を務めた。42年新日展で﹁踊る﹂が総理大臣賞となり、翌年同作品で日本芸術院賞を受賞。41年より日展評議員。父深水の浮世絵風美人画に対して現代的な人物群像を得意とした。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報