…ついで立ったティソン・デツェン王(742‐797)は761年に仏教の国教化を決意して,使を唐やネパールに送り,インドの名僧シャーンタラクシタ(寂護)を迎え,パドマサンババ(蓮華生)の協力をえて775年からサムイェー大僧院群の建立にかかり,779年にチベット人の僧に初めて説一切有部の具足戒を授けて僧伽を発足させ,その指導下で梵語仏典を主とする訳経事業が始められた。786年敦煌が陥落すると,その地から招かれた漢人僧摩訶衍(まかえん)が利他行を重視した不思不観の禅の教えを流行させたので,インド系仏教徒との間で宗論が起った。王はインドから寂護の弟子の巨匠カマラシーラ(蓮華戒)を招いて摩訶衍を論破させ,インド仏教を正統とした。…
※「摩訶衍」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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