史料入門
【執筆:野﨑 雅秀 (東京大学教育学部附属中等教育学校 教諭 )】
歴史の「史」は史料の「史」
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『集一切福徳三昧経巻2』
天平12年(740)写 【WA2-1】
国立国会図書館の所蔵資料の中で
一番年代が古いもの。
﹁歴史﹂とは、人間社会が経てきた変遷・発展の経過、あるいはそれに関する文書や記録のことを言う。
ある出来事が、後世に伝えられるのは、文字で書かれた文書や記録などの﹁史料﹂が残るからである。
﹁史料﹂に書かれたことは、本当にあった出来事なのだろうか。
そうだとしたら、なぜそのようなことが行われたのか。
たくさんの史料から、歴史的事実を導き、その出来事の背景を読み解いていく。そこが、歴史を考えることの面白さである。
史料の種類
日本史を研究する上で用いる史料は、普通、文書︵もんじょ︶と呼ばれている。古文書︵こもんじょ︶などという言い方がある。
文書は、私文書︵私的文書︶と公文書︵公的文書︶に分類できる。
私文書とは、個人が書いた手紙や日記などで、公文書とは、公的機関︵朝廷・幕府・政府など︶が作成した文書である。
現在私たちは、次のような場所と方法で、史料に向き合うことになる。
●博物館や郷土資料館で、展示された史料を見る
●文書館や史料館で、所蔵史料を閲覧する
●史料が保存されている個人宅で史料を見る
●図書館などで、史料の研究者が活字に直して出版︵=翻刻 ほんこく︶した本や論文を読む
●インターネットを通じて、デジタル化された史料の画像を見る
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『坂本竜馬書簡 陸奥宗光宛』
慶応3年(1867)10月22日
【陸奥宗光関係文書51-9】
史料の調査と保存
昔の家に残る史料も、次第に無くなってしまう心配がある。そこで、たとえば1948年から、どのような歴史的な史料があるのかを網羅的に調査する取組である近世庶民史料調査事業などが、都道府県、市区町村で全国的に展開された
近世庶民史料調査事業は1948年から1952年にかけて行われた文部省の事業。
。
役場・役所の職員と大学生や大学院生が協力し、古い家を回り、史料があるかどうかが調べられた。同時に、祭り・舞・講などの民俗伝承や無形文化財も調査され、その結果は、記録書にまとめられた
近世庶民史料調査委員会編﹃近世庶民史料所在目録﹄
第1輯~第3輯 日本学術振興会 1952-1955 ︻210.5-Ki249k︼
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これらの史料は、基本的には、元あった場所で保存していくのが望ましいが、保存が難しい場合は、自治体の史料館︵資料館︶・文書館・図書館などへ委託して保存され、研究・調査のために公開されている。
注1: | 近世庶民史料調査事業は1948年から1952年にかけて行われた文部省の事業。 |
注2: | 近世庶民史料調査委員会編『近世庶民史料所在目録』 第1輯~第3輯 日本学術振興会 1952-1955 【210.5-Ki249k】 |
史料を閲覧する
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国立国会図書館憲政資料室での閲覧風景
実物の史料は、本来、存在した場所で閲覧させてもらい、鉛筆︵ペンは不可︶で筆写したり、写真で撮影したりして、自分で﹁解読﹂するものである。
史料館︵資料館︶・文書館・図書館に保存されている場合は、まず、﹁史料目録﹂で目当ての史料を見つけて、職員︵学芸員・アーキビスト・司書など︶に閲覧を申し込む。
閲覧しながら、必要な場所は、自分のメモに写す。解読するには、筆などで書かれた文字︵くずし字︶を読めなければならない。
また、くずし字などの史料を研究者が活字に直して出版した本など、﹁活字化︵=翻刻 ほんこく︶された史料﹂を図書館などで閲覧して、史料を解読していくこともできる。読みやすいが、意味を考える上で、別の文字の可能性が出てくるなど、実物の史料︵原文書︶をもう一度確認しなければならない場合もある。
※ 史料(古文書など)が閲覧できる年齢は所蔵機関ごとに異なりますので、
利用については各機関にお問い合わせください。
利用については各機関にお問い合わせください。
史料の性格
史料は、人間が生活してきたあらゆる時間、場所、様々な営みの中で生まれてきた全てのものを対象として記録したものである。
言わば、史料は、人間の生活のあらゆる面を表す、何にも代えられない、かけがえのない特質を持っている。
ところで、最近の歴史の研究においては、文字による史料︵文献史料︶と発掘された考古資料、昔の道具や着物、伝統芸能などの民俗資料とを組み合わせることが重要とされている。
そこで、歴史を考える︵解釈︶には、史料︵文字︶だけでなく、遺跡から出土した資料︵もの︶、伝承︵ことば︶とを総合的に捉えて、議論していかなければならない。
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『百鬼夜行絵巻』【亥-106】
琴の化物を引っ張る琵琶の化け物など、様々な化け物が登場する。
史料の読み方
古文書の中には、後世に偽造されたものもある。そのため、史料の真偽を丁寧に検討する﹁史料批判﹂という作業が必要である。
また、日記などの私文書では、書いた人の、書いた時期の状況や立場などを理解しておかないと、誤った読み方をしてしまう。
このように、歴史的事実を追求していくためには、慎重な態度で、かつ冷徹な心眼をもって史料に向き合う必要がある。
そして、史料を読み、ある出来事についての解釈ができたならば、仲間︵学校・大学でのゼミや地域での研究会など︶との交流の時間に発表してみる。
他の人の眼を通してみることで、自らが誤った解釈をしていたことに気が付いたり、別の角度から見た新たな解釈が生まれたりするかもしれない。
こうした、仲間と一緒に﹁史料﹂を読んでいくことも、歴史を学ぶ楽しみの一つである。
史料のデジタル化
文書館・史料館︵資料館︶・図書館・博物館・美術館などが、所蔵する史料をデジタルデータとして、インターネットで公開することで、いつでも誰でも史料を見ることができるようになった。
ただし、モニターで画像を眺めるだけでなく、実物を見て、史料を書いた人に思いを寄せながら、史料と向き合うことも忘れてはならない。
史料という深い森、史料という大きな海に向かい、出会った﹁史料﹂と向き合う。そして、自分の眼で史料を読み、考え、歴史を解釈していく。そうした知的な営みを、皆さんと共にしていきましょう。
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参考文献
朝尾直弘〔ほか〕編 『岩波講座日本通史 別巻 3 (史料論)』
岩波書店 1995 【GB71-E95】
石上英一編『歴史と素材』(日本の時代史30)
吉川弘文館 2004 【GB39-H19】
史料と資料の違いについて
同じ読み方をして、似た言葉に﹁資料﹂があります。
図書館では、﹁資料﹂という言葉は、図書館で収蔵している研究論文・本などを意味します。
この電子展示会では、歴史研究の材料となる、当時作成された文書・記録を﹁史料﹂としています。