わが国を代表する世界的哲学者・西田幾多郎は1870︵明治3︶年5月19日に石川県かほく市︵加賀国河北郡森村︶で生まれ、1945︵昭和20︶年6月7日鎌倉で75年の生涯を閉じました。日本最初の本格的な哲学書﹃善の研究﹄をはじめとする多くの著作とその生涯は、今日の哲学的問いと人々の生き方に広く、深い示唆を与え続けてきました。また、﹁西田哲学﹂と称されるその思想は哲学のみならず、さまざまの学問分野に影響を与え、今世紀に入っても、ヨーロッパ、東アジアなどで翻訳書、研究論文が増加し続けています。
当館の前身は1968︵昭和43︶年に、博士の業績を後世に長く顕彰するために建設された宇ノ気町立西田記念館です。記念館では博士の直筆原稿や墨蹟、写真等の展示品を通して多くの方々に博士の学問とその生き方、人柄にふれていただくと同時に、各種講演会、講座を開催し、哲学する心を広く発信してきました。同時に広く博士に関わる資料の収集を進めてきましたところ、記念館が手狭になり、博士の影響を受けた多くの研究者、財界人、地域の方々など、全国各地から新記念館設立の要望が寄せられるようになりました。そうした多くの方々の希望に基づいて、石川県のご支援を受け、2002︵平成14︶年6月8日、世界的な建築家・安藤忠雄氏の設計によって本﹁石川県西田幾多郎記念哲学館﹂はオープンしました。
当館は、日本海に沿って広がる内灘砂丘に位置し、丘陵地の斜面を利用した広く長い階段庭園と丘陵上に立つガラス張りの外観が特徴的です。また、展望ラウンジからは日本海の落日、白山連峰のパノラマを一望することができます。館内では西田博士に関する展示品、古今東西の哲学に触れることが出来るだけではなく、空の庭、喫茶室などの思索の空間、哲学ホール、図書館などの研修の空間があり、随所に西田哲学と安藤建築の心にふれることができます。
21世紀は豊かな心を育み自然と共生する時代だといわれています。世の喧騒を離れ、哲学的な思索にふけり、自己を見つめるひと時はいかがでしょうか。皆さまが四季折々の花が美しい﹁思索の道﹂を歩いて、﹁こころのオアシス、思索の空間﹂にご来館くださるようにと心からお待ちしております。
石川県西田幾多郎記念哲学館
館長 浅見洋
ごあいさつ
概要
日本の哲学の歴史は、まだ1世紀を経たにすぎない。しかし、その出発点でもあり一頂点でもある西田幾多郎の思索は、2500年の蓄積をもつ哲学史のなかで、すでに古典の位置を獲得しつつある。国内外での関心の高さや研究文献の数が、そのことを如実に物語っている。﹁西田哲学館﹂は、ひとつには、このような西田の思索の跡を保存する場である。ここを訪れる人は、稀有の思想家の息吹を随所に感じとるだろう。
しかし、単に過去の事跡を保存し回顧するだけが、当館の目的ではない。陳列パネルを見終わったあとは、ぜひ敷地の自然のなかを散策し、館の奥の﹁空の庭﹂で静寂を楽しみ、ゲームを兼ねて、コンピューターを駆使したバーチャルな﹁哲学対話﹂なども、試していただきたい。かつて哲学は、生きることそのものに根ざした、もっとも身近な﹁問い﹂として始まった。生きることから遊離して文献解釈の学になるとき、哲学は衰退の運命を辿り始めるだろう。西田哲学は、生きることを凝視しつづけた哲学であったと思う。
﹁哲学﹂という名称を付したミュージアムは、哲学先進国の欧米を含めても、この﹁西田哲学館﹂だけである。建築家・安藤忠雄氏の渾身の設計を得て、それは﹁考えること﹂と﹁作ること﹂の融合の場として出現した。ふたつの営みは、いずれも生きることの基本に位置している。この﹁哲学館﹂は、訪れる人たちが考えることと作ることへと新たに向かうような場でもありたい。