本岐駅
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本岐駅 | |
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ほんき Honki | |
◄恩根 (3.9 km) (3.7 km) 大昭仮乗降場► | |
所在地 |
北海道網走郡津別町字本岐 北緯43度38分55.5秒 東経143度59分30.7秒 / 北緯43.648750度 東経143.991861度座標: 北緯43度38分55.5秒 東経143度59分30.7秒 / 北緯43.648750度 東経143.991861度 |
所属事業者 | 日本国有鉄道(国鉄) |
所属路線 | 相生線 |
キロ程 | 24.7 km |
電報略号 | ホキ |
駅構造 | 地上駅 |
ホーム | 1面1線 |
開業年月日 | 1925年(大正14年)11月15日[1] |
廃止年月日 | 1985年(昭和60年)4月1日[1] |
備考 | 相生線廃線に伴い廃駅 |
![](http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/5/5f/Honki_eki.jpg/220px-Honki_eki.jpg)
本岐駅︵ほんきえき︶は、北海道︵網走支庁︶網走郡津別町字本岐にあった日本国有鉄道︵国鉄︶相生線の駅︵廃駅︶である。電報略号はホキ。事務管理コードは▲122605[2]。
歴史[編集]
●1925年︵大正14年︶11月15日 - 鉄道省相生線津別駅 - 北見相生駅間開通に伴い開業[1][3]。一般駅[1]。 ●1949年︵昭和24年︶6月1日 - 公共企業体である日本国有鉄道に移管。 ●1979年︵昭和54年︶12月11日 - 貨物取扱い廃止[1]。 ●時期不詳 - 業務委託化[4]。 ●1984年︵昭和59年︶2月1日 - 荷物取扱い廃止[1]。 ●1985年︵昭和60年︶4月1日 - 相生線の廃線に伴い廃止となる[1]。駅名の由来[編集]
開業時、当地は飜木禽︵ぽんききん︶村であったが[3]、﹁駅名としては字画多きに過ぐるため[5]﹂として省略され命名されたもので、後年地名も本岐となっている[6]。 ﹁飜木禽︵翻木禽、とも︶﹂は現在のポンキキン川のアイヌ語名である﹁ポンキキン︵pon-kikin︶﹂︵小さい・キキン川︶に字を当てたものである。﹁キキン︵kikin︶﹂は果実の名称であり、エゾノウワミズザクラあるいはナナカマドの果実を指す[6][7][8]。この﹁キキン﹂の木︵﹁キキンニ︵kikin-ni︶﹂︶が川筋に多かったことから付いた、と考えられる名称である[6]。 語頭の﹁ポン︵pon︶﹂︵小さい・子なる︶は同地の網走川支流のうち、現在の恩根地区にある﹁オンネキキン︵onne-kikin︶﹂︵大きい︵親なる︶・キキン川︶[6]と比較し小さい川であったことから、対になるかたちでついたものである[6][7]。「恩根駅#駅名の由来」も参照
駅構造[編集]
廃止時点で、単式ホーム1面1線を有する地上駅であった。ほかに駅舎側に美幌方から分岐した側線を1本有し、ホームはその部分が切欠きホームとなっていた[4]。ホームは線路の西側︵北見相生方面に向かって右手側︶に存在し、駅舎が接していた。かつては相対式ホーム2面2線を有する列車交換可能駅であった。業務委託駅となっていた。
利用状況[編集]
利用状況の推移については以下の通り。年間の値のみ判明している年度の1日平均は日数割で算出した参考値を括弧書きで示す。出典が「乗降人員」となっているものについては1/2とした値を括弧書きで乗車人員の欄に示し、備考欄で元の値を示す。
年度 | 乗車人員 | 出典 | 備考 | |
---|---|---|---|---|
年間 | 1日平均 | |||
1928年(昭和3年) | (87.0) | [9] | 1日平均乗降人員174人 | |
1931年(昭和6年) | (39.5) | 1日平均乗降人員79人 | ||
1934年(昭和9年) | (47.5) | 1日平均乗降人員95人 | ||
1945年(昭和20年) | (127.0) | 1日平均乗降人員254人 | ||
1950年(昭和25年) | (177.0) | 1日平均乗降人員354人 | ||
1952年(昭和27年) | 60,704 | (166.3) | [10] | |
1955年(昭和30年) | (211.5) | [9] | 1日平均乗降人員423人 | |
1960年(昭和35年) | (225.0) | 1日平均乗降人員450人 | ||
1965年(昭和40年) | (224.0) | 1日平均乗降人員448人 | ||
1968年(昭和43年) | (192.0) | 1日平均乗降人員384人 | ||
1981年(昭和56年) | 64 | [4] |
駅周辺[編集]
●北海道道51号津別陸別線・国道240号 ●津別町立本岐小学校 ●本岐郵便局 ●津別まちバス︵旧・津別町営バス︶﹁本岐﹂停留所 ●チミケップ湖 - 駅から西に約12km[4]。 ●鹿鳴の滝駅跡[編集]
﹁本岐地区多目的公園﹂となり、パークゴルフ場や交流センターの建物が建てられている。農業倉庫は残存している。隣の駅[編集]
日本国有鉄道 相生線 恩根駅 - 本岐駅 - <大昭仮乗降場> - <開拓仮乗降場> - 布川駅脚注[編集]
(一)^ abcdefg石野哲 編﹃停車場変遷大事典 国鉄・JR編II﹄︵初版︶JTB、1998年10月1日、923頁。ISBN 978-4-533-02980-6。
(二)^ 日本国有鉄道営業局総務課 編﹃停車場一覧 昭和41年3月現在﹄日本国有鉄道、1966年、246頁。doi:10.11501/1873236。2023年4月2日閲覧。
(三)^ ab内閣印刷局, ed (1925-11-11). “鉄道省告示 第219号”. 官報 (国立国会図書館デジタルコレクション) (3965).
(四)^ abcd書籍﹃国鉄全線各駅停車1北海道690駅﹄︵小学館、1983年7月発行︶159ページより。
(五)^ 札幌鉄道局編 編﹃駅名の起源﹄北彊民族研究会、1939年。NDLJP:1029473。
(六)^ abcde“アイヌ語地名リスト ホロナ~モオ P121-130”. アイヌ語地名リスト. 北海道 環境生活部 アイヌ政策推進室 (2007年). 2018年12月2日閲覧。
(七)^ ab“アイヌ語地名リスト オニシベ~キタ P31-40P”. アイヌ語地名リスト. 北海道 環境生活部 アイヌ政策推進室 (2007年). 2018年12月2日閲覧。
(八)^ “アイヌと自然デジタル図鑑”. アイヌ民族博物館. 2018年5月22日閲覧。
(九)^ ab﹃津別町史﹄津別町、1971年、841頁。doi:10.11501/9490640。2022年6月12日閲覧。
(十)^ ﹃津別町史﹄津別町、1954年、607頁。doi:10.11501/3017371。2022年6月12日閲覧。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- 北海道立図書館北方資料デジタルライブラリー 「相生線津別北見相生間開通記念絵葉書」より 本岐停車場と市街 開業時の本岐駅。(5ページ目を手動選択してください)