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柿山伏 ︵かきやまぶし︶は日本の古典芸能である狂言のうちのひとつ。﹃本狂言﹄のうちの﹃鬼山伏狂言﹄に分類される。
登場人物[編集]
●シテ︵主役︶‥山伏︵やまぶし︶
●アド︵脇役︶‥柿の木の持ち主
山伏が修行を終えて故郷に帰る場面より始まる。山伏は途中で腹をすかせてしまい[1][2][3]、ふと見あげると見事な柿があることに気づく。
木の下から落とそうと試みるも、中々巧くいかなかったので、木に登って柿を食っていた。だが、誤って口にしてしまった渋柿を投げ捨てたところ、見廻りに来ていた柿主に渋柿が当たってしまい、無断で柿を食っていたことに気づかれてしまう。
柿の木に登っているのは猿だ、烏だ、鳶だと言われる度に、それらの動物の鳴き真似でその場を凌ぐものの、しまいに鳶は飛ぶものだ、と言われてしまう。結局飛んでは見るものの、大怪我をしてしまい悪事が露呈してしまう。
怪我をしたのはお前に原因があるのだから、治療をしろと山伏は柿の木の持ち主に迫るが、持ち主は一切とり合うことなく、謝罪を要求し立ち去ろうとする。そんな持ち主の行動を見て山伏は呪文をかけ、持ち主の行動を封じるが、さらに怒りを買うことになり、治療はしてもらえない。逃げる持ち主を追って、山伏は何処までもついていく。[4]
自分の罪を覆い隠そうとする姿を、面白おかしく描いており、[5]山伏という権威のあるものに対する風刺が込められた作品である。[6]
狂言記 第三巻・五より。演者や公演によって若干内容が変わる。
山伏﹁大峯葛城踏み分けて、我が本山に帰らん…罷出たるは、大峯葛城参詣致し、唯今下向道で御ざる。よきついでなれば、檀那回りを致そうと存ずる。まづ、そろ参らふ。やれさて、何とやら物欲しう存ずるが、まだ先の在所は程遠さうに御ざる。何と致そうぞ。いゑ、こゝに見事な柿が御ざるほどに、一つ取つて食びやうと存ずる。﹂
柿主﹁罷出たるは此辺りの者で御ざる。今日も行て、又柿を見舞ふと存ずる。何と致してやら、鳥が突いて迷惑致す。いゑこゝな、鳥が食うかして、へたが落ちたが、わゝ、さねも落つるが、上に鳥がおるか、いゑ、山伏が上がつておるが、何と致そうぞ。いや、きやつをなぶりませうぞ。はあ、上に猿めが上がつておる。﹂
山伏﹁はあ、柿主めが見つけおつた。何と致そうぞ。﹂
柿主﹁はあ、あれは猿ぢやが、身ぜせりをせぬ。異な事ぢや。﹂
山伏﹁わ、それがしを猿ぢやと言ふが。はあ、こりや、身ぜせりしませうず。﹂
柿主﹁ふん、猿にまがう所はない。猿なら、鳴かうぞゑ。﹂
山伏﹁はあ、こりや、鳴かざなるまひ。きや。﹂
柿主﹁はあ、猿にまがう所はない。猿かと思へば、犬ぢやげなわいやい。﹂
山伏﹁はあ、又こりや、犬ぢやと言ふ。﹂
柿主﹁犬なら、鳴かうぞよ。﹂
山伏﹁はあ、又こりや、鳴かざなるまひ。びよ。﹂
柿主﹁はあ、犬ぢや。犬かと思へば、鳶ぢやげなわいやい。﹂
山伏﹁はあ、又こりや、鳶ぢやと言ふ。﹂
柿主﹁鳶なら、飛ぼぞよ。﹂
山伏﹁飛ばざなるまひ。﹂
柿主﹁鳶なら、飛ぼぞよ…ありや飛んだは。﹂
山伏﹁あ痛、痛、やい、そこな者、それがしが木のそらにいれば、尊い山伏を﹃いや犬で候の、猿で候の﹄と言ふて、なぜに腰をぬかしたぞ。急いでくすろうでかやせ。﹂
柿主﹁やい、そこな者、柿を食て恥かしくは、﹃御免なれ﹄と言ふて、おつとせで往ね。﹂
山伏﹁やい、そこな者、山伏の手柄には、目に物を見せうぞよ。﹂
柿主﹁柿盗みながら、小言を言わずとも、急いで往ね。﹂
山伏﹁定言ぢやういふか。物に狂わせうが。﹂
柿主﹁山伏おけ、なるまいぞ﹂
山伏﹁定言ふか。それ山伏といつぱ、役の行者の跡を継ぎ、難行苦行、虚仮の行をする。今此行力かなわぬかとて、一祈りぞ祈つたり。橋の下の菖蒲は誰が植へた菖蒲ぞ。﹂
柿主﹁やい山伏、おかしい事をせずとも、往ね。﹂
山伏﹁やい、定言ふか。も一祈りぞ祈つたり。ぼうろぼん、そりや見たか。山伏の手柄には、物に狂ふは手柄ではないか。﹂