転職に関するdeadwoodmanのブックマーク (5)
-
社会人になって15年。転職回数5回。 気づけば中年のオッさんだ。 最近、﹁社会人は思ったより楽しい﹂とか、 ﹁社会人は辛い﹂というエントリーが多数上がってるので、 俺も経験を書いてみたいと思う。 結論から言うと ﹁会社で無能扱いされたら自分の能力を悲観するより、会社に合ってない﹂ と考えたほうがいい。 ここからは、そういう考えに至った 自分の職務経歴を書いていく。 超長文なのだが無能と言われて苦しんでる人に、 この言葉が届いたら良いなと思っている。 たぶん、君が輝く職場はどっかにある。1社目‥飲食店チーフ15年前は超就職氷河期。 同時にブラック企業が大学新卒を食いつぶし始めた時代でもあった。 大学時代、何も考えていなかった俺は、 安易にチェーン飲食店のチーフになった。 今でこそブラック企業の代名詞の外食産業だが、 不安な時代を切り抜けるには手に職を付けて 店を持って自立すべしという話は
-
妻が寝ちゃって暇なので、深夜に私の転職した話を書くよ。 ■経歴と話のまとめ WEBメディアとかやってるIT企業に就職。イメージは、楽天かリクルートかYahooかサイバーエージェントかDeNAかGMOかその辺りで考えていただければと。そこを7年ほど勤めた後に、大学時代の友人に誘われて共同で起業。ただ、とあるきっかけで起業した会社を離れることになって、転職活動を新たにして無事内定もらって働いているって話。 ■起業の経緯 自分で言うのもあれだが、最初の会社ではかなり評価されていて同期の中では昇進早い方だった。年上のメンバーもマネジメントしてたし、IT企業なりの実力主義みたいなのにうまく適応できて、トントンと昇進して年収も900万円前後だった。 ただ、そんな中で大学時代の友人に起業に誘われ、共同創業で起業することになった。もともと起業には興味があって、何かやるネタがないかなと考えていたところだった
-
︵↑こんな本で、実名でサンプルとして取り上げてもらったりもしました︶ 今振り返ると、あきらかに私の転職は壁にぶつかって心が折れた転職でした。 愛が強すぎた故に、それが片思いだと分かってしまった時の喪失感が大きすぎたと言うかなんと言うか。 このタイミングでは、明確に転職してやりたいことがあったわけでもないんですよね。 外に自分がやりたいことを見つけて転職したとかなら、カッコイイんですけど。私の場合は明らかに違います。 その結果、 なんとなく内定を頂けたPWCコンサルティングに転職させてもらい、 なんとなく1年でコンサルに向いてないことに気がついてしまい、 なんとなく1年でベンチャー会社のアリエル・ネットワークに転職し。 コンサル出身というゲタを履いた勢いで、今までやったこともないマーケティングマネージャーの仕事を担当させてもらうわけですが。 当然ながらソフトウェア業界もマーケティングも未経験
-
TL;DR 平成から令和への時代の変遷とともにNTTComを退職し、スペシャリスト社員としてNTTComに入社し、新たな人生を歩みます。 仕事としてはSDNのテックリードとしてNTTComのクラウドのSDN基盤のStabilityとScalabilityの向上に引き続きチャレンジしていきます。 一階級飛び級して課長相当のロールの仕事をして、終身雇用と年功序列と労働組合の轍から外れる人生を歩むことになります。お給料もあがります。 これからは、短期的にはテックリード→アーキテクト/エンジニアリングマネージャー→CTOのような感じで、NTTComの中でのエンジニアのキャリアアップのロールモデルとして活躍し、道を切り開いていきたいと思います。 長期的にはNTTComに限らず、ネットワークのおもしろい案件を渡り歩いて請け負っていく、エンジニアやエンジニアリングマネージャーとして生きていこうかなと思い
-
最終退社時の自分の机 2012年に修士卒からの新卒でNTT研究所に入り、6年間お世話になりました。 研究所では同期や先輩や後輩や上司に恵まれ、存分に書籍や論文を読んで勉強して力を蓄えたり、対外的な発表の場にも恵まれ外ではできないような体験をすることができました。 ありがとうございました。 入社当時に作られたtogetterを見返すと togetter.com togetter.com まるで昨日のように感じられる。 NTT社内で僕が何をやっていたかについては言える物は軒並みアウトプットされているのでわざわざここでは触れない。 NTT研究所について NTT研究所を客観的に見た時にどうかを書いていく とにかく人に恵まれている。採用の倍率が高いのもあって潤沢な学生エントリーからよりすぐりのエリートが謎の力でポテンシャルを見極められて採用されている。同期を見てひと目ですごい奴も居れば、一見してわか
-
1