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東京新聞:「日中は裏安保」 戦争知る3政権 平和へ知恵:政治(TOKYO Web)
一九六〇年から七〇年代にかけ、日本のかじ取りを担った池田、田中、大平の自民党三政権が日中関係を﹁...
一九六〇年から七〇年代にかけ、日本のかじ取りを担った池田、田中、大平の自民党三政権が日中関係を﹁﹃裏安保﹄関係﹂と位置づけ、日米安保とほぼ同等の二国間関係として重視していたことが関係者の証言で分かった。安倍政権は中国と対立し、安全保障環境の悪化を理由に、憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使容認を目指している。自民党が安倍晋三首相の下で大きく変質していることが鮮明になった。憲法九条の平和主義が岐路に立つ中、憲法は三日、六十七回目の誕生日を迎えた。 池田勇人氏は六〇年の日米安保条約改定後に岸信介氏が退陣した後、首相に就任。中国との国交正常化が実現するのは十年以上も先のことになるが、既に日中関係を基盤にした﹁裏安保﹂を意識していた。 池田内閣の外相だった大平正芳氏に、長く秘書として仕えた森田一元運輸相は本紙の取材に﹁池田氏は中国との関係改善に積極的だった﹂と指摘。﹁裏安保﹂との表現を使っていた
2014/05/03 リンク