これ以上コメント欄の管理に時間をとられるのも大変ですし(私に対する罵詈雑言だけなら、放置しておいても私が我慢すれば済むだけなのですけど、従前より、福田さんその他の方々に対する攻撃も陰惨なものでしたし。)、私に批判的な方からも「荒らし」コメントは削除した方がよいとのアドバイスを頂きましたので、どこの誰であるのかを私が認識している方からのコメント以外はがさっと削除してしまおうと思います(内容による規制をするともめる元なので、関係性による規制をしようと思います。)。コメント欄は当面承認システムにしようと思います。 ニフティのシステムバージョンアップでコメントID認証制が採用されたときには、その仕様によってはどこの誰かという把握をニフティが代わりにして下さるということになりますので、そのときにはまた、自由にコメントを投稿できるようにしたいと思います。 また、トラックバックは、トラックバックスパム以
インターネット上の「情報」に責任を求めるのがおかしいのです。その情報を選択するのは「選択した本人」なのです。ネット上にはウソの情報や、間違った情報もたくさんあります。どれを選んで利用するかは「利用者側の責任」です。2007/1/15(月) 午前 0:56 たしかに、ネット上の情報を“利用”する側は、それが信頼できる情報かどうか、確認する必要がある。 が。発信する側として、それに甘えてよいのか。 発信する側は、できるかぎり正確な情報が、できるかぎり意図に近いニュアンスで届くように、できるかぎり努力し。 受信する側は、その根拠を含めて、厳しく吟味する。 発する側と受ける側が「正確」を求めて両側から手を差し伸べて、ようやく、なんとか使い物になる情報となる。それが私の実感だ。 医学系のページを作る、その興味を持つための最初のきっかけは、他の方の発信した情報であったかもしれない。でも、1行を書くため
Live8というチャリティイベントに関連して、トラックバックspam的なものが送られたようです。Live8だけでなく、最近何かを告知・宣伝するために、関連しそうなウェブログを探してトラックバックを送る、というのがあたりまえになっています。 そのことについていろいろなウェブログを見ていると、こんな記述に出会いました。 個人が送りつける場合はどうかというと、以前、「~という災害によって、たくさんの人々が困っています。今すぐ救いの手を!」というようなメールを知人から何回か受けたことがあった。しかしこういうのは、スパムとは呼ばれていなかったように思う。己の利益のため(だけ)に行動しているわけではないからだ。それに、この人なら興味を持ってくれるかも、という期待を込めている場合など、無差別でないこともある。 Proving grounds of the mad over logs: 善意を伝えることの
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