どんどん不幸になっていく米国の女性たち - JBPress ﹁母親の自己実現のために﹂育てられた子どもが背負う呪縛 - シロクマの屑籠(汎適所属) というふたつの記事を読んで、割り切れない思いが残りました。 ﹁女の身でありながら﹂仕事と育児、さらに趣味の時間を楽しもうとしていると、しばしば﹁自己実現第一のスーパーウーマンを目指している﹂ととらえられがちで、何やら落ち着かない気持ちになるからだろうと思います。 自己実現とは本来、人が生きていくためのポジティブな力になるものであるはずですが、なぜか﹁“女性の”︵あるいは母親の︶自己実現﹂という文脈で語られる場合、﹁自己中心﹂﹁自己満足﹂﹁なんでもほしがる欲張り﹂といった否定的な意味合いが強くなるような気がします。 つまり、﹁“女性の”︵あるいは母親の︶自己実現﹂とは、﹁する必要がないことを無理してやっている﹂という主張とすりかえるよ