ブックマーク / news.denfaminicogamer.jp (6)
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こんにちは。ヨッピーです。 写真は作者である﹁まるでゆきみ﹂さんの才能にビックリして固まっている僕です。 本日お邪魔しているのはNintendo Switch向けに配信されている﹁ツクールシリーズ るんるんスーパーヒーローベイビーズDX﹂の作者である﹁まるでゆきみ﹂さんのご自宅なのですが、なんとこの﹁まるでゆきみ﹂さんは金融機関で正社員として働く傍ら、6人の子どもを育てつつ、合間を縫ってこのゲームを完成させたそうです。6人も子どもが居たら普通に働くだけでも大変そうなのにゲームまで作ってしまうって、﹁いったいどういう環境でゲームを作ってるのか﹂﹁どうやって時間を捻出しているのか﹂などなど、お話を聞くことで﹁いつかゲームを作りたい!﹂と思っている人の参考になれば、と思って取材に来たのですが、お話を聞いているうち﹁この人が天才すぎて、話を聞いてもなんの参考にもならないのでは?﹂と思ってしまいま
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みなさまにとって、﹁RPGの原体験﹂はどこにあるだろうか。 ﹃ポケットモンスター﹄シリーズからRPGに触れた人、﹃ファイナルファンタジー﹄シリーズから触れた人、﹃テイルズ﹄から、﹃ペルソナ﹄から、﹃原神﹄から……。 きっと、﹁思い出のRPG﹂は人の数だけあるのだろう。 そして、そんな﹁思い出のRPG﹂に、﹃ドラゴンクエスト﹄を挙げる人は多いのではないだろうか? スクウェア・エニックス公式サイトより ﹃ドラゴンクエスト﹄……まさしく日本のRPGにおける特異点ともいえるタイトルにして、多くの方の﹁RPGの原体験﹂として刻み込まれているタイトル。そして、﹃ドラゴンクエスト﹄の生みの親でもある堀井雄二氏は、いくつかの作品から影響を受けてこの﹃ドラゴンクエスト﹄を作ったとされている。 そのひとつが、﹃ウィザードリィ﹄。1981年に発売された3DダンジョンRPGである今作は、後世の﹃ドラゴンクエスト﹄
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1986年の5月27日に﹃ドラゴンクエスト﹄が発売され、今年で36年という月日が経とうとしている。 当時小学生だった自分も40を過ぎたいい大人になったわけだが、未だに﹃ドラゴンクエスト﹄の新作を楽しみにし続けているとは正直思わなかったし、まだ現在発売されている最新作のナンバリングが﹃XI﹄であるという事実を当時の自分に伝えられたとしたら、どんな顔をするだろうか。 ︵画像はSteam﹃ドラゴンクエストXI 過ぎ去りし時を求めてS﹄より︶ 今更改めて説明するまでもなく﹃ドラゴンクエスト﹄と言えば日本にRPGというゲームジャンルを普及、定着させた最大の功労者であり、現代においても最も日本で人気のあるゲームシリーズのひとつである。このゲームシリーズをそんな風に説明することはそれほどむずかしいことではない。誰もがとっくに知ってることだろう。 しかし、当時のゲームユーザーに﹃ドラゴンクエスト﹄がどの
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1980〜1990年代、ゲーム業界は﹁青春期﹂だった。そんな時代に大奮闘したゲームクリエイターたちの、熱くて、若くて、いきすぎた思い出をたずねたい──そんな想いから企画されたレポートマンガ、それが﹃若ゲのいたり〜ゲームクリエイターの青春〜﹄です。 近著﹃うつヌケ﹄、﹃ペンと箸﹄に続くレポートマンガ第3弾として本作を手掛けるのは、自身がゲーム業界で働いていたという経歴を持つマンガ家・田中圭一先生! 第一回のゲストは、﹃ファイナルファンタジー﹄の生みの親・坂口博信さんです!!︵編集部︶ English version is available at: ︻New Comic Series︼Hironobu Sakaguchi and FF programmers’ try to rival DQ [Game Designers in their ‘early’ days]
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今回で3回目の開催となる、デジタルからアナログまで古今東西のゲームが集まる日本最大級の“ユーザー参加型”ゲームイベント“闘会議”。2017年2月11日︵土︶、12日︵日︶に開催される“闘会議2017”は、﹁ゲームと一緒に、生きてきた。﹂というテーマを掲げている。 電ファミ編集部では、この﹁ゲームと一緒に、生きてきた。﹂というテーマを体現し、ゲームを通して人生を謳歌している人々に、インタビューを行うことにした。 今回登場するのは、大阪府堺市で理髪店を営んでいる加三清︵かさん・きよし︶さんだ。加三さんは80歳という高齢にもかかわらずゲームを趣味としており、高難易度のために“死にゲー”などとも呼ばれるアクションRPG﹃ダークソウルⅡ﹄を、とりわけ熱心にやり込んでいる。その様子が関西のTV番組で紹介されると、インターネット上で“ダークソウルおじいちゃん”として一躍話題となり、日本国内はもとより海外
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1980年生まれ35歳の僕の初手は﹁ゲーム&ウォッチ﹂シリーズの﹃オクトパス﹄で、﹁ひたすらタコの足をよけ続けるだけ﹂っていう今思えば﹁これ、何が面白かったんだろう?﹂っていうゲームなのですが、確か病院の待ち時間に僕が泣きわめくから親が渋々買ってくれたような記憶がある。 画像はwikipediaより そしてファミコンの登場。僕が小学生になったくらいの時に、自宅の床にゴロゴロ転がりながらギャンギャン泣いて親にねだりまくり、念願のファミコンを買って貰う事に成功。そしてその後はファミコン→ゲームボーイ→スーパーファミコン→プレイステーション→プレイステーション2といった具合に王道︵※︶を歩んで来ました。 ※……王道パターンとは逆に、ワンダースワン、3DO、ネオジオCD、セガサターンといったいわゆる﹁負けハード﹂ばかりを購入していた友人の浦部くんは﹁浦部が買ったハードは負ける﹂というジンクスで﹁疫
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