三浦瑠麗は元々嫌いだったので最初はそうでも無かったんだが、段々引いてる自分が居る 新しく問題発言でもしたのかと思ったらそういう訳では無く昔の発言が問題と言うのも引っ掛かっているが、それはいい 問題は、次に似たような事が起きた時にどう思うかだ ある人物がCMに起用されて、それに対し不買運動によって降板やCMの削除に追い込む、という行為が正当化されるのはどういう場合だろうか? まず、気に入らない人物がCMに起用されている時に個人的に不買を行う事は完全に自由だと思う、当然だ ただ、周囲やネットに呼び掛けて集団的に不買を運動として行う事は、どうなのか?という疑問が有る それも完全に自由な気もする。周囲に呼び掛けても同意する人だけ不買する訳だから、特に問題は無いのではないか ただ、例えばフェミニストとして有名な人がCMに起用されて、同じような運動が起こった場合を具体的に想像してみると、感情的にはそれ
デマや偽情報の拡散問題において,WELQの問題でDeNAは叩いても結局Googleを叩く人は少なかった. 私はここでまたもや大きなる権威の前では日本人はおとなしい奴隷となると言う実例を見てしまった.日本人にはGoogleほど巨大な存在に対しては盲目的に追従するのだ. bylines.news.yahoo.co.j 上記のニュース *1は見方によればGoogleはデマ情報を重要な情報としてそのリンクを編集してwebページを作成してるとも言える.ただそうしてるのがアルゴリズムか人かがDeNAやNaverまとめとの違いである. これらのサービスによって得られる負の側面はほとんど本質的には変わらないではないか? なぜアルゴリズムがやったことは責められず、人間が直接編集したことは責められるのだろうか?人間がやったのだからその馬鹿な人間が悪く,そのような分別のない人間は許されないと人は言う. しかし分
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