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もともと「海外文学アドベントカレンダー 2022」の記事として、「海外文学の新刊まとめ2022」を書く予定だった。 ところがうっかり、不可避の寝不足が続いて執筆計画が破壊されたので、ブログの下書きを掘り返し、数年前に書いたまま眠っていたものを、代打として出すことにした。 なお、「海外文学の新刊まとめ2022」は、12月中か1月には公開予定。 それでは本編。 ■マンションポエム マンションポエムとは、高級マンション広告に添えられたキャッチコピーである。 2015年頃から注目を集め、Web記事でもたびたび取り上げられ、現在ではすっかり定着した感がある。たとえばこういうやつだ。 洗練の高台に、上質がそびえる (プラウドタワー南麻布) 世田谷、貴人たちの庭。 (シティハウス用賀砧公園) これらのキャッチコピーは、土地に住むイメージを、抽象的で装飾過多な言葉選びで表現する。 マンションの詳細情報は、
共産党はキリストの弟子だということを知っているかい? ――閻連科『心経』 多くの現代日本人は、宗教のことなどわからない、と言う。一方で、クリスマスと仏教式葬式とお参りを熱心に行う。不確かな未来を生きるための指針として、占いは大人気コンテンツで、巨大産業だ。 日本では、宗教共同体の形は目立たずとも、「ご利益」「未来の行動指針」「見えない力」への信仰が根強く、日常生活に溶けこんでいる。多神教をベースにした、「アジア的混沌」とでもいえる宗教観だと思う。 では、中国共産党が支配する中国では、宗教はどういう立ち位置なのだろうか? 「タブーの作家」と呼ばれる作家は、「中国×宗教」のテーマで、驚くべき宗教カオス小説をつくりあげた。 心経 作者:閻 連科 河出書房新社 Amazon 舞台は、北京にある「五大宗教研修センター」。政府が活動を認める五大宗教(仏教、道教、イスラム教、カトリック、プロテスタント)
銃弾と成り行きはさまよい、今もまだ不意をついてわたしたちの身体に降りかかる。 ーートミー・オレンジ『ゼアゼア』 銃弾によって開幕し、銃弾が重要な役割を果たす小説『ゼアゼア』は、小説そのものも銃弾のようだ。 銃弾のような言葉には、信念、理想、怒り、呪い、これらの激情がこめられていて、不意打ちのように現れては、読み手を貫く。 ゼアゼア 作者:Tommy Orange 五月書房新社 Amazon 21世紀のカリフォルニア州オークランドに住む、都市インディアンの群像劇である。 都市インディアンは、都市部に暮らすアメリカ先住民族だ。狩猟経験もテント生活も経験がなく、大自然よりも都市の騒音と高層ビルに慣れ親しんでいる。名前や顔立ちはインディアンで、インディアンとしてのアイデンティティはあるが、祖先の文化はWikiやYouTubeから学んでいる。 インディアンでありながら、保留地に暮らすインディアンほど
2021年は、海外文学の新刊を読みまくった。 『本の雑誌』の新刊ガイド連載「新刊めったくたガイド」の海外文学担当になったからだ。 「新刊めったくたガイド」は、ジャンルごとにわかれて、毎月4冊以上の新刊を紹介する連載だ。日本文学、海外文学、SF、ミステリ、ノンフィクションと、ジャンルごとに担当者が書いている。 本の雑誌463号2022年1月号 本の雑誌社 Amazon これだけ新刊まみれになるのは人生はじめての経験だったので、記憶が飛ばないうちに、読んだ海外文学の感想を書いておくことにした。 ここで言う「新刊」の定義は以下のとおり(『本の雑誌』ルール)。 ・2021年に発売した、海外文学の翻訳 ・新訳、復刊は対象外 目次 ■2021年のアイ・ラブ・ベスト本 【アメリカ】ローレン・グロフ『丸い地球のどこかの曲がり角で』 【アメリカ】 ジェニー・ザン『サワー・ハート』 【ポルトガル】 ゴンサロ・
かつて、ドイツ国民の多くがホロコーストや絶滅収容所を知らず、過去を見ないようにしようとする時代があった。 現代ドイツでは、国民は皆、ナチとホロコーストの歴史を学び、ホロコースト否定やナチ礼賛は犯罪と見なされる。 この姿勢から、ドイツは過去と向き合う国家だ、との印象があるが、こうなるまでのドイツは戦後20年近く、うやむやのままに過去を水に流そうとしていた。 『ドイツ亭』は、ドイツ国民にホロコーストと絶滅収容所を知らしめた歴史的な裁判、1960年代の「アウシュビッツ裁判」を描く。 なにが歴史的なのかといえば、ドイツ人がみずからの手でナチ犯罪を裁いた最初の裁判で、ドイツの歴史観や司法に決定的な影響を与えた裁判だからだ。この裁判なくして現代ドイツはありえない、といっても過言ではない。 舞台は、第二次世界大戦から20年近くが経った、1960年代ドイツ。 町の小さな食堂の娘エーファが、偶然のなりゆきで
「豚のパスタ」 豚の肉とあばら骨の入ったトマトソースをとろ火でじっくり煮込んで、大量のミートボールを作ってから、ジティ(パスタ)とまざあわせる。 パスタとソースがまるで恋人どうしのように寄り添い、全員がとろけるキスの代わりにたっぷりのチーズをまぶして、互いの見わけもつかなくなるまで混ぜる。 ーーアバーテ・カルミネ『海と山のオムレツ』 海外文学を読んでいる時、ごはんシーンはとりわけ好きなもののひとつだ。食べることが好きだし、異国の料理も好き。だからもちろん海外文学の料理シーンも大好きだ。 食べたことがない料理、素材がわからない料理、味を想像できない料理といったセンス・オブ・ワンダー料理もいいし、食べる者みながアーとうめく絶品料理の描写も最高だ。ごはんシーンが出てくると、速度を落としてゆっくりと読むことにしている。 イタリアうまれの作家が書いた『海と山のオムレツ』は、食べることと食事にまつわる
「あんたただ一人だ」と彼は夢見るように言った。「あんただけだ」 ーーカーソン・マッカラーズ『心は孤独な狩人』 マッカラーズ『心は孤独な狩人』を知ったのは7〜8年ぐらい前、評論かエッセイかなにかを読んでいた時だった。『心は孤独な狩人』”The Heart Is A Lonely Hunter"というタイトルの響きに惹かれた。ただ日本ではもう長らく絶版で、当時は電子書籍版もなかったので、原書で少しずつ読んでいた。 マッカラーズが描くさびしさがつくづく胸に迫るので、なんでこんないい小説が絶版のままなのだろうと思っていたら、なんと村上春樹訳で復刊した。しかも出なかった理由が「村上春樹の最後のとっておき」だからだなんて! ぜんぜん予想と違っていて、びっくりした。 そんなわけで、マッカラーズ『心は孤独な狩人』新訳での復刊は、私にとってはけっこうな慶事なのである。 こんなに混み合った家の中で、人がこんな
小澤みゆきさん(@miyayuki777)主催の「文芸アドベントカレンダー」に登録して、なにを書こうかなーと考えながらぼんやり生きていたら、「今年に読んでよかった/印象深かった文芸作品を紹介する」とテーマが決められていたことに昨日、気がついた。 自分が主催する「海外文学アドベントカレンダー」が「海外文学のアトモスフィアを感じるエントリ」とゆるいテーマに設定していたため、なんとなく「文芸のアトモスフィアを感じるエントリ」がテーマだと思いこんでいた。よく読まずに応募する癖が今回も遺憾なく発揮されて大変遺憾である。 とはいえ、テーマがきっちり決められていると、悩まなくてよい。過去のことは水に流そう。そんなわけで、「今年に読んでよかった&思い出深い海外文学3冊」。 ロベルト・ボラーニョ『2666』 2666 作者:ロベルト ボラーニョ 発売日: 2012/09/26 メディア: 単行本 2019年
noteからの移行先を探している声をTwitterでよく見る中、「codoc(購読ウィジェットサービス)+ブログサービス」で、noteみたいな購読ができるらしいと聞いた。 人に勧めてみるからには、自分でまずやってみないといかんと思い、とりあえずなにか有料コンテンツを作ってみることにした。 サポートしたら選書リクエストできる企画 選書リクエストしたい人 リクエストしないけど他者のリクエストが気になる人 まとめ サポートしたら選書リクエストできる企画 有料コンテンツとして「サポートしたら選書リクエストできる企画」をつくってみた。 400〜1000円をサポートしたら、1〜3冊の選書リクエストができる企画。リクエスト料金は下記。 ・1冊リクエスト:400円 ・3冊リクエスト:1000円 独立系書店の有料選書サービスを参考にした。 一万円選書とは - (有)いわた書店 【カウセリング選書サービス】レ
これまでたくさんの小説に挫折してきた。いったいどれほどの本を手に取り、本棚に戻したことだろう。 これは、私と、私と本棚を共有してきた妹による、とりわけ思い出深い「挫折した海外文学」の記録である。 この記事は、主催している「海外文学・ガイブン アドベントカレンダー」12月1日分として書いた。12月1日から25日まで、ガイブンにまつわることを、いろいろな人が書いてくれる予定。 海外文学・ガイブン Advent Calendar 2020 - Adventar マルセル・プルースト『失われた時を求めて』 ウィリアム・ギャディス『JR』 ラブレー『ガルガンチュアとパンタグリュエル』 ナサニエル・ホーソーン『緋文字』 ウィリアム・ フォークナー『響きと怒り』 ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』 まとめ:人によって感想と挫折は違う。挫折もまた読書である みんなの #挫折した海外文学選手権 マルセル
一般に、地図の用途といえば、経路や地形を調べることだ。旅の手引きともなる。だが、歴史を振り返ると、こうした用途ばかりではないことがわかる。 ーーアン・ルーニー『地図の物語』 かつて地図が小説に似ていた時代があった。 「地図」といえば、今ならメルカトル図法の地図やGoogle Mapが思い浮かぶ。これらの地図は世界共通で、国や人や文化によって変わるものではない。 しかし、世界共通の地図になったのは、ここ数世紀のことだ。人類の歴史の長いあいだ、地図は独創的で個性的な、想像力の住処だった。 本書は、紀元前から21世紀まで、人類が残してきた世界中の地図140点をフルカラーで紹介している。 本書を読んでいると、古代の地図は現代よりもずっと多様で独創的だったことがわかる。 たとえば、アステカ文明の地図には、地形だけではなく、歴史や文化の情報、つまり「積み重ねた時間」の情報が描かれている。 マーシャル諸
「トショカンってなに?」 「本をしまってある場所。本でいっぱいの部屋が、たくさん、たくさんある」 「それって、邪なもの?」わたしは訊いた。「そこにある本って?」わたしは部屋いっぱいに爆発物が詰めこまれているさまを想像した。 ーーマーガレット・アトウッド『誓願』 女性が男性に徹底服従させられるアメリカを描いた胃痛抑圧ディストピア小説『侍女の物語』は、赤い小説だった。赤は、高位男性に仕える侍女たちが着る服の色、血の色、妊娠の徴の色、怒りの色、警告の色、不穏の色で、表紙から中身まですべてが赤に染まっていた。 34年ぶりに出た続編『誓願』の表紙は、赤の補色(反対色)、緑である。『侍女の物語』続編が出ると聞いた時、またあの不穏で孤独なつらさを味わうのかと思っていたが、表紙の色を見た時に、これは希望が持てるのかもしれない、と思った。 舞台は『侍女の物語』から15年後のギレアデ共和国。ギレアデ建国時の動
ヴェネツィアは、なによりもまず私をなぐさめてくれる島だった。 ーー大竹昭子 『須賀敦子のヴェネツィア』 イルマ・ラクーザ『ラングザマー』、アンリ・ドレニエ『ヴェネチア風物誌』と続けてヴェネツィアにまつわる本を読んだので、さらにもう一歩、ヴェネツィアの路地裏に迷うことにした。アンリ・ドレニエのヴェネツィアは喜びと愛に満ちていた。須賀敦子のヴェネツィアは、悲しみと追憶に満ちている。 須賀敦子のヴェネツィア 発売日: 2001/09/01 メディア: 単行本 かつて須賀敦子と交流があった著者が、須賀敦子の描いたヴェネツィアの痕跡を探しに、写真と文章でヴェネツィアをめぐるエッセイである。 須賀敦子は、イタリア人の夫とともにイタリアに暮らし、多くのイタリア翻訳小説とエッセイを残した。 夫ペッピーノとの幸福な結婚は、夫の突然の病死によって終わりを告げた。彼女は日本に帰国してから、悲しく懐かしいヨーロッ
真のカトリック小説は、人間を決定されたものとは見ない。人間を、まったく堕落したものと見ることはない。かわりに、本質的に不完全なもの、悪に傾きやすいもの、しかし自身の努力に恩寵の支えが加われば救済されうるものと見るのである。 ――フラナリー・オコナー『秘義と習俗』 小説家が、作品の意図や背景について語ることはめずらしい。小説家は小説で語り、読みは読者にゆだねる存在だと思っていた。ところがフラナリー・オコナーは『秘儀と習俗』で、自分の作品に通底するものや背景、作品の意図についてびっくりするほど率直に語る。 秘義と習俗―フラナリー・オコナー全エッセイ集 作者: フラナリーオコナー,サリーフィッツジェラルド,ロバートフィッツジェラルド,Flannery O'Connor,Sally Fitzgerald,Robert Fitzgerald,上杉明 出版社/メーカー: 春秋社 発売日: 1999/1
この上昇は<重力>に知られるだろう。だがロケットのエンジンは、脱出を約束し、魂を軋らせる、深みからの燃焼の叫びだ。生贄は、落下に縛り付けられて履いても、脱出の約束に、予言に、のっとって昇っていく…… ーートマス・ピンチョン『重力の虹』 これまでの人生で、読書会を開催したのは2回だけ。1回目は2015年『重力の虹』読書会、2回めは2019年『重力の虹』読書会だ。来年からは「ガイブン読書会・鈍器部」として『重力の虹』以外の読書会もやるつもりだが、きっと『重力の虹』読書会はまた開催するだろう。『重力の虹』は、こんなふうに私をパラノイア的に熱狂させる。 トマス・ピンチョン 全小説 重力の虹[上] (Thomas Pynchon Complete Collection) 作者:トマス ピンチョン 出版社/メーカー: 新潮社 発売日: 2014/09/30 メディア: 単行本 トマス・ピンチョン全小説
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