﹃女人 吉屋信子﹄は、今のところ、吉屋信子のレズビアンとして、そしてフェミニストとしての姿を伝えるほとんど唯一の書籍として知られてる。吉屋の長年のパートナーだった門馬千代から託された、本人の日記や手紙を使って作られたこの本は、吉屋信子の人生を生々しく伝え、吉屋が持っていた女同士の絆を信じようとするレズビアンでフェミニストな姿を伝える……という収まりがいい本では決してない。私はむしろ初めて読んだときに結構な絶望を感じた。吉屋の生き方に、ではなくその語られ方に。いまはそうでもないのだけど。 この本は著者の吉武輝子の思想と主観が剥き出しになっているし、むしろ本はそうした一貫性を偽装しようとしすぎているあまりに、それに失敗し、レズビアン-フェミニズム-シスターフッド-百合といった女と女をめぐる諸概念の断絶と現実をまざまざと見せつけてくる。 ﹃女人 吉屋信子﹄を書いた吉武輝子は女性解放運動の書き手と
![失敗する「女と女」 『女人吉屋信子』が描き出す連続しない同性愛?|近藤銀河](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/70ea9c974b2b6ded28c2ae70b816a67089186f27/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fassets.st-note.com%2Fproduction%2Fuploads%2Fimages%2F6101770%2Fprofile_830ea9e54be6c6569e5dbfbdd275dd89.jpg%3Ffit%3Dbounds%26format%3Djpeg%26quality%3D85%26width%3D330)