花柳芳次郎
日本舞踊の花柳流の名跡
初代
編集二代目
編集二代目花柳芳次郎(1845年 - 1873年)は初代壽輔の長男であり、瀬川路之丞の名で歌舞伎役者となったが、1873年に29歳で病死する[3]。
三代目
編集四代目
編集五代目
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五代目花柳芳次郎は、四代目芳次郎の長男。芳次郎襲名前から本名の花柳 寛︵はなやぎ ひろし︶の名で東宝歌舞伎などの芝居やテレビドラマに出演しており、また振付師としても宝塚歌劇団などで振付をしていた。1967年に五代目芳次郎を襲名し、その後は家元三代目花柳壽輔の後見を二代目花柳壽楽とともに務め、流派を支えた。
2006年旭日小綬章受章[11]。
2007年に一線を退くと共に名跡を孫に譲り、自らは花柳寛應︵はなやぎ かんおう︶に改名する予定であった。しかし寛應襲名披露の直前に三代目壽輔が急逝したため、四代目壽輔を継ぎ家元となった。同年に下記﹃舞の道 花柳芳次郎自伝﹄を上梓した。2011年日本芸術院会員、2020年に亡くなった。
六代目
編集六代目花柳芳次郎は、五代目芳次郎の妹の孫。五代目芳次郎に子が無かったため、妹の子を養子に迎え、さらにその子である創右に芳次郎を継がせた[12]。2016年に宗家家元の座を継ぎ五代目壽輔となった。
参考文献
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●兼子伴雨﹃踊の秘訣 : 花柳界名家﹄大屋書房、1912年。
●河村常雄﹃家元探訪﹄出版研究センター、2012年。ISBN 978-4-915085-14-7。
●柴崎四郎﹃通史花柳流 花の流れ一世紀﹄自由国民社、1985年。ISBN 978-4-426-50018-4。
●5代目花柳芳次郎﹃舞の道 花柳芳次郎自伝﹄阪急コミュニケーションズ、2007年。ISBN 978-4-484-07208-1。
●藤田洋﹃日本舞踊ハンドブック改訂版﹄三省堂、2010年。ISBN 978-4-385-41066-1。
脚注
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(一)^ 柴崎四郎 1985, p. 19.
(二)^ 兼子伴雨 1912, p. 41.
(三)^ 柴崎四郎 1985, p. 59.
(四)^ ab兼子伴雨 1912, p. 34.
(五)^ 清心丹・創業の地 ~江戸期の日本橋・元大坂町清心丹
(六)^ 柴崎四郎 1985, p. 136-137.
(七)^ abc“花柳芳次郎(4代) はなやぎ よしじろう”. 日本人名大辞典+Plus. 2021年3月11日閲覧。
(八)^ 河村常雄 2012, p. 30.
(九)^ 柴崎四郎 1985, p. 96.
(十)^ 柴崎四郎 1985, p. 136-138.
(11)^ “平成18年秋の叙勲 旭日小綬章等受章者 東京都” (PDF). 内閣府. p. 2 (2006年11月3日). 2007年2月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年5月15日閲覧。
(12)^ 河村常雄 2012, p. 25.