ドラゴンズクラウン賞
中日ドラゴンズの年間最優秀選手賞 (1982-)
ドラゴンズクラウン賞︵ドラゴンズクラウンしょう︶とは、中日ドラゴンズの現役選手のうちその年で最も活躍した選手を選出し表彰する賞である。中日スポーツが主催し、愛知トヨタ自動車︵愛知トヨタ︶が協賛する[2]。略称は﹁クラウン賞﹂。1982年に設立され、その初代最優秀選手受賞者は田尾安志であった。
ドラゴンズクラウン賞 | |
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スポーツ | 野球 |
種目 | 日本のプロ野球 (NPB) |
受賞対象 | その年に一番活躍した中日ドラゴンズの選手[1] |
協賛 | 愛知トヨタ自動車[1] |
国 |
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歴史 | |
最新受賞 | 岡林勇希[1] |
毎年ファン投票で候補選手が選ばれ、ファン投票上位数人の中から選考委員会がシーズン成績を分析し[3]、1名の最優秀選手と数名の優秀選手を選出する[4]。最優秀賞はいわば中日のチームMVPである[5][6]。ただしファン投票の結果はあくまで参考であり、最多得票者が必ずしも最優秀選手賞に選ばれるとは限らない[注1][7]。また、それ以外に特別賞が設定される年もある。最優秀選手には協賛する愛知トヨタより賞品として、賞名にも冠された高級乗用車のトヨタ・クラウンでも上位車種となるトヨタ・クラウンマジェスタなどが[注2]、優秀選手と特別賞には金一封が贈られる[注3][2]。またクラウン賞および、毎月の﹃中日スポーツ﹄月間賞への投票者にも抽選で賞品︵1988年、1996年時点ではトヨタ・カリーナなど︶が贈呈される[9][11]。表彰式は中日の本拠地︵1996年まではナゴヤ球場、1997年以降はナゴヤドーム︶で開催されるシーズン最終戦の試合後に開催される[5][12][13]。
現役当時の星野仙一がドラゴンズ広報足木敏郎、当時の愛知トヨタの社長、山口直樹︵初代社長である山口昇の娘婿︶や専務の古田公徳と麻雀をした際に星野が山口に提案したのをきっかけに賞が設定され、1982年より表彰されることとなった[14]。
なお、1954年から2006年までに開催されたプロ野球日本シリーズではマツダが球団スポンサーの広島東洋以外の球団が日本一になった場合、シリーズ最優秀選手 (MVP) 賞として本賞同様トヨタ自動車からトヨタ車が贈呈されていたが、中日が初の日本一に輝いた1954年の初代受賞者・杉下茂に贈呈されたのはクラウンシリーズの前身のトョペット・スーパーであり︵クラウンシリーズの贈呈は初代の発売年でもある翌年の讀賣・別所毅彦から︶、皮肉にも中日は前年限りで同賞が廃止された2007年に53年ぶりの日本一を達成したため、日本シリーズにおいて中日の選手にクラウンシリーズが贈呈されることは一度もなかった。
なお1980年代には、当代の最優秀選手賞受賞者を﹁ミスタードラゴンズ﹂と呼称することがあった[15][16]。
歴代受賞者
編集関連項目
編集- 昇竜賞
- 中スポ新人賞
- グランパスランクル賞 - 同じく愛知トヨタが協賛する、名古屋グランパスエイト選手の最優秀選手を選出、表彰する賞[58]。
脚注
編集注釈
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(一)^ ab1987年の場合、ファン投票では落合博満︵9890票︶が小松辰雄︵9823票︶をわずかに上回ったが、選考時点で小松がセ・リーグ最多勝を当確にしていたことや[7]、また同年10月10日時点で16勝のうち優勝した巨人相手に5勝︵2敗︶、3位の広島相手に6勝と好成績を残していたこと、連敗のピンチを再三救ったことなどが高く評価され、小松が最優秀選手賞を受賞した[3]。
(二)^ 例‥1989年は最優秀選手賞受賞者の西本聖にクラウン4ドアハードトップ4000ロイヤルサルーンGV8が[8]、1998年は最優秀選手賞の野口茂樹にクラウンマジェスタCタイプが贈呈された[2]。
(三)^ 1988年は特別賞受賞者にも敢闘賞︵後の優秀選手賞︶受賞者と同様に賞金が贈られていたが[9]、1989年時点では特別賞には記念品が贈られていた[10]。
(四)^ 最優秀選手賞に次ぐ選手に贈呈される賞の名称は1982年から1997年まで﹁敢闘賞﹂だったが[12][17]、1998年以降は﹁優秀選手賞﹂になっている[13]。
(五)^ 当時の敢闘賞枠は3人だったが、宇野︵得票数2位︶・牛島︵同3位︶・モッカ︵同4位︶の3選手に加え、選考委員会が開かれた10月1日時点でセ・リーグの最多勝争いをしていた鈴木︵同10位︶を特例として加え、計4人を表彰した[15]。
(六)^ 移籍1年目での最優秀選手賞受賞は初[10]。
出典
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(一)^ abcd“21歳・岡林勇希に新たな勲章 クラウン賞史上最年少受賞﹁とても光栄なこと﹂︻中日︼”. 中日スポーツ・東京中日スポーツ (chunichi.co.jp). 中日新聞社 (2023年9月20日). 2023年9月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年9月28日閲覧。
(二)^ abcd﹃中日スポーツ﹄1998年10月3日付︵第16009号︶第5版2頁﹁クラウン賞優秀選手賞 川上新人王へ弾み ファンの支持﹃うれしい﹄﹂︵中日新聞社︶
(三)^ ab﹃中日スポーツ﹄1988年10月11日付︵第12107号︶第5版2頁﹁クラウン賞選考事情 光るGCから11勝 小松の実績 文句なし﹂︵中日新聞社︶
(四)^ “大野雄、満場一致でドラゴンズクラウン賞に選出!史上5人目の2度目、5年ぶり受賞﹁シーズン途中から狙っていた。すごくうれしい﹂”. 中日スポーツ・東京中日スポーツ. (2020年11月3日)
(五)^ abc﹃中日スポーツ﹄1996年10月5日付︵第15304号︶第5版3頁﹁クラウン賞 特別賞受賞 奇跡Vへ誓い新た 野口 門倉﹂﹁敢闘賞にコールズ、パウエル、大豊﹂﹁山崎文句なしの受賞﹂︵中日新聞社︶
(六)^ ﹃中日新聞﹄1995年10月9日朝刊運動3面22頁﹁中日6-4ヤクルト 竜、単独5位に ツバメに逆転勝ち﹂︵中日新聞社︶
(七)^ abc﹃中日スポーツ﹄1987年10月11日付︵第12107号︶第5版1頁﹁小松にクラウン賞 敢闘賞には落合、郭、仁村、近藤﹂﹁小松 喜び二重奏 来年五月、二人目の赤ちゃん﹂︵中日新聞社︶
(八)^ ab﹃中日スポーツ﹄1989年10月15日付︵第12826号︶第5版2頁﹁西本、栄光のクラウン賞﹂︵中日新聞社︶
(九)^ ab﹃中日スポーツ﹄1988年10月12日付︵第12466号︶第5版2頁﹁郭、抑えで活躍Vに大きく貢献 クラウン賞選考事情﹂︵中日新聞社︶
(十)^ ab﹃中日スポーツ﹄1989年10月13日付︵第12824号︶第5版2頁﹁ドラゴンズクラウン賞 移籍1年目では初﹂﹁ファン投票が物言った西本 選考事情﹂︵中日新聞社︶
(11)^ ab﹃中日スポーツ﹄1996年10月5日付︵第15304号︶第5版1頁﹁山崎まず一冠 ﹁クラウン賞﹂初受賞﹂︵中日新聞社︶
(12)^ abc﹃中日新聞﹄1997年10月2日朝刊運動1面27頁﹁宣にクラウン賞﹂︵中日新聞社︶
(13)^ abc﹃中日スポーツ﹄1998年10月4日付第5版3頁﹁野口らを表彰 クラウン賞﹂︵中日新聞社︶
(14)^ 足木敏郎﹃ドラゴンズ 裏方人生57年﹄中日新聞社、pp.275, 276.
(15)^ abc﹃中日スポーツ﹄1984年10月2日付︵第11027号︶第5版1頁﹁激打!さすが主将 谷沢だ最優秀 '84ドラゴンズ・クラウン賞 敢闘賞は宇野、モッカ、牛島、鈴木﹂﹁32発は自己最多 若手にいい手本 次は“名球会”ヤル気満々﹂﹁文句ない貢献度 谷沢 次点宇野に大差﹂︵中日新聞社︶
(16)^ ﹃中日スポーツ﹄1989年10月13日付︵第12824号︶第5版2頁﹁ドラゴンズクラウン賞 移籍1年目では初﹂﹁ファン投票が物言った西本 選考事情﹂︵中日新聞社︶
(17)^ abcde﹃中日スポーツ﹄1985年10月20日付︵第11402号︶第5版1頁﹁4代目クラウン賞CD小松MVP 受賞御礼先発 勇躍16勝トラ狩りだ きょうナゴヤ最終戦 バースには打たせん﹂︵中日新聞社︶
(18)^ ﹃中日スポーツ﹄1983年10月21日付︵第10688号︶第5版1頁﹁大島 ’83クラウン賞 獲得 きょうナゴヤ最終戦で表彰 決意新たミスター中日 敢闘賞 谷沢 田尾 宇野﹂︵中日新聞社︶
(19)^ ﹃中日スポーツ﹄1986年10月9日付︵第11748号︶第5版1頁﹁キラリ全試合出場!!平野だ走りのクラウン賞 屋鋪と足比べ“ラストスパート”﹂︵中日新聞社︶
(20)^ ﹃中日スポーツ﹄1986年10月14日付︵第11753号︶第5版1頁﹁平野 励みの﹁クラウン賞﹂ ナゴヤ最終戦、ファンの声援に感謝 屋鋪と2厘差になったが… ヤクルト戦2試合走ってみせます!!﹂︵中日新聞社︶
(21)^ ﹃中日スポーツ﹄1987年10月14日付︵第12110号︶第5版2頁﹁期待料込みだ小松 “3勝”の借りは必ず返す クラウン賞表彰式﹂︵中日新聞社︶
(22)^ ﹃中日スポーツ﹄1988年10月12日付︵第12466号︶第5版1頁﹁郭にクラウン賞 一流の証明 絶対欲しかった﹂﹁敢闘賞に落合、仁村弟、小野 特別賞には若竜の立浪と中村﹂︵中日新聞社︶
(23)^ ﹃中日スポーツ﹄1988年10月15日付︵第12469号︶第5版3頁﹁郭、足が震えた場内一周 喜び二重奏 クラウン賞表彰式﹂﹁大喜びまだ早い あとひと仕事へ 不敵な笑みも﹂︵中日新聞社︶
(24)^ ﹃中日スポーツ﹄1989年10月13日付︵第12824号︶第5版1頁﹁西本にクラウン賞 敢闘賞は落合、彦野、鹿島﹂︵中日新聞社︶
(25)^ 中日スポーツ編集﹃月刊ドラゴンズ﹄第91号、1990年11月1日、54頁﹁おめでとう、与田にクラウン賞﹂︵中日新聞社︶
(26)^ ﹃中日新聞﹄1991年10月9日朝刊運動1面25頁﹁クラウン賞 落合に決定 中日﹂︵中日新聞社︶
(27)^ ﹃中日新聞﹄1992年10月10日朝刊運動1面27頁﹁立浪ら3選手表彰 中日クラウン・敢闘賞﹂︵中日新聞社︶
(28)^ ﹃中日新聞﹄1993年10月22日朝刊運動1面27頁﹁クラウン賞を贈呈﹂︵中日新聞社︶
(29)^ ﹃中日新聞﹄1994年10月21日朝刊運動1面27頁﹁クラウン賞 大豊ら表彰﹂︵中日新聞社︶
(30)^ ﹃中日新聞﹄1995年10月6日朝刊運動1面37頁﹁パウエルにクラウン賞﹂︵中日新聞社︶
(31)^ ﹃中日スポーツ﹄1998年10月3日付︵第16009号︶第5版1頁﹁野口にクラウン賞 優秀賞 川上・落合・正津 特別賞に李 ﹃野手の皆さんに感謝﹄﹂︵中日新聞社︶
(32)^ 中日スポーツ編集﹃月刊ドラゴンズ﹄第187号、1998年11月1日、93頁﹁野口投手にクラウン賞﹂︵中日新聞社︶
(33)^ “関川に﹁クラウン最優秀選手賞﹂ ファンへVで御礼”. 中日スポーツ. 中日新聞社 (1999年9月25日). 2001年3月6日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月26日閲覧。
(34)^ ﹃中日スポーツ﹄1999年9月25日第5版一面1頁﹁関川﹁クラウン賞﹂最優秀選手に決定Vで御礼 残り10試合﹃2年間の総決算のつもりで﹄﹂︵中日新聞社 記者‥中村浩樹︶
(35)^ “バンチ戴冠 最優秀選手賞 第19回ドラゴンズ・クラウン賞”. 中日スポーツ. 中日新聞社 (2000年10月4日). 2001年2月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月26日閲覧。
(36)^ “ファンに感謝野口3年ぶりMVP ドラゴンズ・クラウン賞”. 中日スポーツ. 中日新聞社 (2001年10月2日). 2002年10月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月26日閲覧。
(37)^ “優秀選手 立浪、川上、朝倉 特別賞 谷繁”. 中日スポーツ. 中日新聞社 (2002年9月20日). 2004年12月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月26日閲覧。
(38)^ “立浪にクラウン賞 2000本安打、1000得点、400二塁打…”. 中日スポーツ. 中日新聞社 (2003年9月9日). 2004年12月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月26日閲覧。
(39)^ 2004年10月3日中日新聞朝刊 朝刊運動3面33頁﹁川上にクラウン賞﹂︵中日新聞社︶
(40)^ “ファンも認めた竜の鉄人 井端 クラウン賞”. 中日スポーツ. 中日新聞社 (2005年10月2日). 2005年12月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月26日閲覧。
(41)^ “岩瀬、札幌黙らせる!! 感激クラウン賞 “ドーム揺れる”強烈なノリ警戒”. 中日スポーツ. 中日新聞社 (2006年10月14日). 2008年5月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年10月19日閲覧。
(42)^ “森野感激クラウン賞 守って1人7役、打ってミスター3ラン”. 中日スポーツ. 中日新聞社 (2007年9月30日). 2009年7月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月26日閲覧。
(43)^ “マサ﹁200勝のご褒美本当にうれしい﹂ クラウン賞表彰式”. 中日スポーツ. 中日新聞社 (2008年9月29日). 2009年8月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月26日閲覧。
(44)^ “吉見クラウン賞”. 中日スポーツ. 中日新聞社 (2009年9月25日). 2009年9月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年10月18日閲覧。
(45)^ “和田にクラウン賞 ﹁優勝して喜びたい﹂”. 中日スポーツ. 中日新聞社 (2010年9月28日). 2010年10月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年10月18日閲覧。
(46)^ “浅尾、クラウン賞”. 中日スポーツ. 中日新聞社 (2011年10月18日). 2011年10月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月27日閲覧。
(47)^ “大島、クラウン賞”. 中日スポーツ. 中日新聞社 (2012年10月3日). 2012年10月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月27日閲覧。
(48)^ “谷繁、クラウン賞”. 中日スポーツ. 中日新聞社 (2013年10月1日). 2013年10月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月26日閲覧。
(49)^ 2014年9月30日中日新聞朝刊 朝刊臨時N5面21頁﹁中日 山井にクラウン賞﹂︵中日新聞社︶
(50)^ “大野、クラウン賞 初受賞に﹁感謝﹂”. 中日スポーツ. 中日新聞社 (2015年9月17日). 2015年10月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月26日閲覧。
(51)^ “愛知トヨタ・クラウン賞に田島”. 中日スポーツ. 中日新聞社 (2016年9月24日). 2016年9月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月26日閲覧。
(52)^ “大島、クラウン賞 史上初の野手2度目”. 中日スポーツ. 中日新聞社 (2017年9月23日). 2017年11月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月26日閲覧。
(53)^ “ビシエドがクラウン賞 残り9戦 CSに導く!”. 中日スポーツ・東京中日スポーツ (chunichi.co.jp). 中日新聞社 (2018年9月19日). 2022年9月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月26日閲覧。
(54)^ “2ケタ勝利達成・柳に輝くご褒美 クラウン賞!!新婚生活の足ゲット”. 中日スポーツ・東京中日スポーツ (chunichi.co.jp). 中日新聞社 (2019年9月18日). 2022年9月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月26日閲覧。
(55)^ “大野雄、満場一致でドラゴンズクラウン賞に選出!史上5人目の2度目、5年ぶり受賞﹁シーズン途中から狙っていた。すごくうれしい﹂”. 中日スポーツ・東京中日スポーツ (chunichi.co.jp). 中日新聞社 (2020年11月3日). 2022年9月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月26日閲覧。
(56)^ “﹃竜最強助っ人﹄ビシエド、初の特別賞受賞 球団外国人最多安打記録更新︻ドラゴンズクラウン賞︼”. 中日スポーツ・東京中日スポーツ (chunichi.co.jp). 中日新聞社 (2021年10月5日). 2022年9月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月26日閲覧。
(57)^ “R・マルティネスが﹁ドラゴンズクラウン賞﹂受賞 残り試合に向けて﹁セーブ王を狙います﹂”. 中日スポーツ・東京中日スポーツ (chunichi.co.jp). 中日新聞社 (2022年9月25日). 2022年9月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月26日閲覧。
(58)^ “︻グランパス︼ランクル賞のランゲラック、GKでの受賞に﹁守ることで賞をもらえるのは特別。誇りに思う﹂”. 中日スポーツ・東京中日スポーツ (chunichi.co.jp). 中日新聞社 (2022年10月27日). 2023年9月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年9月28日閲覧。