ミズナラ
ブナ科コナラ属の落葉広葉樹
ミズナラ(水楢[10]、学名: Quercus crispulaは、ブナ科コナラ属の落葉高木。
ミズナラ | |||||||||||||||||||||||||||
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ミズナラ(2005年7月・北海道釧路湿原) | |||||||||||||||||||||||||||
分類 | |||||||||||||||||||||||||||
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学名 | |||||||||||||||||||||||||||
Quercus crispula Blume var. crispula (1850)[1] | |||||||||||||||||||||||||||
シノニム | |||||||||||||||||||||||||||
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和名 | |||||||||||||||||||||||||||
ミズナラ(水楢) | |||||||||||||||||||||||||||
変種 | |||||||||||||||||||||||||||
形態
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落葉広葉樹の高木で[11]、樹高はふつう15 - 30メートル (m) ほどになり[12]、大きなものでは35メートル (m) に達する。幹の太さは、大きなもので直径2 mにもなる[13]。樹皮は黒褐色から灰褐色で、縦に裂け目が入ってはがれる[11][14]。若木の樹皮はなめらかだが、次第に縦に割れてくる[14]。一年枝はやや太く、褐色や紫褐色で無毛[14]。枝の髄は星形で褐色を帯びる[14]。
葉はごく短い葉柄がついて互生し[11]、つやのない緑色で、葉身は長さは7 - 20センチメートル (cm) の倒卵状長楕円形で[12][10]、コナラよりも大きく波打つようなはっきりした鋸歯︵輪郭のギザギザ︶がある[11]。カシワとコナラの葉の中間的な大きさで、大きな鋸歯と葉柄がほとんどないことがミズナラの葉の特徴である[15]。葉の裏面は淡緑色[10]。葉柄はごく短い[16]。秋の紅葉は黄色から黄褐色に色づくことが多く、やがて橙色から褐色を帯びる[16]。寒冷地の日当たりのよいところでは赤みが強く紅葉することもある[15]。冬には葉は散って落葉する[15]。
花期は晩春から初夏︵5 - 6月ごろ︶で[17]、雄花序は長さ4 - 5 cmほどで本年枝の下部に垂れ下がってつき[11][12]、花を咲かせる。本年枝の上部の葉腋には雌花序がつき、雌花序には雌花が1 - 3個つく[12]。
果期は10月で[12]、夏の間は青い状態の果実︵ドングリ︶が、年内の秋には熟す[10]。殻斗は、こぶ状の突起がある鱗片に覆われている[11]。ドングリの大きさは、長さ15 - 20ミリメートル (mm) の卵状楕円形[12]。果実はリスやクマ、エゾシカ、ノネズミ、野鳥などの重要な食糧となり、野生動物が好んで食べる[18][12]。
冬芽は長卵形で頂芽のまわりに複数の頂生側芽がつき、小枝に側芽がらせん状に互生してつき、下のものほど小さくなる[14]。冬芽には稜があり、褐色で無毛、多数の芽鱗が重なるように包んでいる[14]。葉痕は半円形で、維管束痕は散らばるように多数ある[14]。
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樹皮
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葉
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花
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実
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紅葉
生態
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他のブナ科樹木と同じく、菌類と樹木の根が共生して菌根を形成している。樹木にとっては菌根を形成することによって菌類が作り出す有機酸や抗生物質による栄養分の吸収促進や病原微生物の駆除等の利点があり、菌類にとっては樹木の光合成で合成された産物の一部を分けてもらうことができるという相利共生の関係があると考えられている。菌類の子実体は人間がキノコとして認識できる大きさに育つものが多く、中には食用にできるものもある。土壌中には菌根から菌糸を通して、同種他個体や他種植物に繋がる広大なネットワークが存在すると考えられている[19][20][21][22][23][24]。外生菌根性の樹種にスギやニセアカシアが混生すると菌根に負の影響を与えるという報告がある[25][21]。土壌の腐植が増えると根は長くなるが細根が減少するという[26]。
ミズナラの分布の北限はブナより広く、ブナが道南の渡島半島なのに対しミズナラは道北や道東も含めほぼ全域に分布する。ブナが頂芽しか持たないのに対し、ミズナラは頂芽と側芽を持つこと、葉を展開する時期がブナに比べて若干遅いという2点において、遅霜に対する耐性が高いことが理由の一つではないかと見られている[27][28]
ブナと並んで落葉広葉樹林の主要樹種の一つで、寒い地方の雑木林に多く見られ、ブナと混生することも多い[16]。ブナに比べると、やや明るい場所を好む。特に火山灰地などに多く、土壌的な極盛相[注1]とみなされている[30]。日当たりのよい場所を好む陽樹であり、乾燥地でも強く、痩せた土地にも耐えるが、火山灰地ではシラカンバ類と共に、初期段階から生育し、土地条件の改良が進むと針葉樹など他の樹種に遷移していく[30]。ただし、薪炭材として幾度も伐採が繰り返されたところでは、遷移は中断されて、ミズナラの萌芽によって形成された二次林の形態を取っているところもある[30]。
分布
編集人間との関係
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北海道では公園樹や街路樹として植栽に利用している[15]。
ミズナラのドングリはタンニンを含み、そのままでは渋くて食べられないが、灰汁抜きすれば食用になる[10]。ドングリの中では灰汁抜きが面倒なほうに入り、粉にしないで水にさらすだけでは3か月たってもわずかに渋みが残る[31]。粗い粉にしてから水にさらすと期間が短縮される。もっと短くするためには長時間煮てから水さらしするが、それでも処理には何日もかかる。縄文時代には分布域の東日本で冬の保存食として重要であった。近年まで山村で食べられていたが、現在はほとんど食用にされない。
20世紀にシイタケの栽培が盛んになってからは、コナラと同様にキノコ栽培の原木などに利用されている[11]。
材はごく堅く、やや紅色を帯びた淡褐色で[18]、心材はくすんだ褐色。磨くと美しいつやが出て[18]、加工性・着色性に優れ、強度が大きく、重厚感がある。木材は柾目の模様が美しく[11]、チェスト︵整理ダンス︶やテーブルなどの高級家具、床板や鏡板などの建築材、洋酒樽などに利用されている[18][11][17][32]。日本のミズナラ材は世界でも最高級のオークと評されている[10]。特に北海道のものが良質とされ、﹁道産の楢﹂︵ジャパニーズオーク︶と呼ばれ、近年では国産ウイスキーの熟成樽としても利用されており[10]、オーク樽と全く異なる繊細な風味を醸造出来る材として国際的に高い評価を受けている。かつては、薪炭用でも使われた[14]。
種の保全状況評価
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日本の各都道府県で、以下のレッドリストの指定を受けている[33]。
●絶滅危惧I類︵絶滅寸前または絶滅危惧・CRまたはEN︶ - 香川県
●準絶滅危惧︵NT︶ - 鹿児島県
1996年9月4日に長野県下伊那郡阿智村︵旧清内路村︶の﹃小黒川のミズナラ﹄︵高さ約20 m、幹廻りは約7.25 m、昭和63年の調査で日本一の巨木とみなされた。︶が、国の天然記念物に指定された[34]。
自治体指定の木
編集以下の日本の市町村の指定の木である。また合併前に指定の木であった。
以下は合併のより消滅した旧自治体
分類学上の位置づけ
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種としても分布上もカシワに近く繁殖能力のある交雑種を自然に作る[35]
。また、ミズナラよりもやや南に分布するコナラ︵学名: Quercus serrata︶にも近い関係にある[13]。形態や生態上の違いは、ミズナラは樹皮が黒っぽく、発芽が早くて本州では標高1000 m以上で見られることに対して、コナラは標高1000 mまでとなっている[30]。
なお、日本国内ではミズナラから派生した変種としてフモトミズナラ︵近年まで“モンゴリナラ”と呼ばれてきた丘陵帯分布の集団︶およびミヤマナラ︵偽高山帯分布の矮性個体の集団︶の存在が知られている。
種内変異
編集- ミヤマナラ Quercus crispula var. horikawae - ミズナラの高山型
- フモトミズナラ Quercus crispula var.mongolicoides(シノニム Quercus serrata subsp. mongolicoides) - 本項ではミズナラの変種説を採用するが、コナラの亜種ともされ研究者により様々な見解が存在しはっきりしない。変種名 mongolicoidesは「mongolicaに似た」という意味で、以前はユーラシア大陸産のモンゴリナラ Quercus mongolica と同種とされていたことに因む。
以下は交雑種
名前
編集脚注
編集注釈
編集出典
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(一)^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Quercus crispula Blume var. crispula ミズナラ︵標準︶”. BG Plants 和名−学名インデックス︵YList︶. 2022年1月20日閲覧。
(二)^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Quercus mongolica Fisch. ex Ledeb. subsp. crispula (Blume) Menitsky ミズナラ︵シノニム︶”. BG Plants 和名−学名インデックス︵YList︶. 2022年1月20日閲覧。
(三)^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Quercus mongolica Fisch. ex Ledeb. f. macrocarpa (Nakai) Kitam. et T.Horik. ミズナラ︵シノニム︶”. BG Plants 和名−学名インデックス︵YList︶. 2022年1月20日閲覧。
(四)^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Quercus mongolica Fisch. ex Ledeb. f. lomgifolia (Nakai) Kitam. et T.Horik. ミズナラ︵シノニム︶”. BG Plants 和名−学名インデックス︵YList︶. 2022年1月20日閲覧。
(五)^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Quercus crispula Blume f. longifolia (Nakai) M.Kikuchi ミズナラ︵シノニム︶”. BG Plants 和名−学名インデックス︵YList︶. 2022年1月20日閲覧。
(六)^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Quercus grosseserrata Blume ミズナラ︵シノニム︶”. BG Plants 和名−学名インデックス︵YList︶. 2022年1月20日閲覧。
(七)^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Quercus mongolica Fisch. ex Ledeb. var. grosseserrata (Blume) Rehder et E.H.Wilson ミズナラ︵シノニム︶”. BG Plants 和名−学名インデックス︵YList︶. 2022年1月20日閲覧。
(八)^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Quercus mongolica Fisch. ex Ledeb. var. crispula (Blume) H.Ohashi ミズナラ︵シノニム︶”. BG Plants 和名−学名インデックス︵YList︶. 2021年1月20日閲覧。
(九)^ 米倉浩司・梶田忠 (2003-). “Quercus mongolica Fisch. ex Ledeb. subsp. grosseserrata (Blume) Sugim. ミズナラ︵シノニム︶”. BG Plants 和名−学名インデックス︵YList︶. 2022年1月20日閲覧。
(十)^ abcdefgh田中潔 2011, p. 39.
(11)^ abcdefghijk平野隆久監修 永岡書店編 1997, p. 233.
(12)^ abcdefgh西田尚道監修 学習研究社編 2009, p. 132.
(13)^ abc辻井達一 1995, p. 121.
(14)^ abcdefgh鈴木庸夫・高橋冬・安延尚文 2014, p. 144.
(15)^ abcdef亀田龍吉 2014, p. 46.
(16)^ abc林将之 2008, p. 19.
(17)^ abcd樹皮・葉でわかる樹木図鑑 (2011)、65頁
(18)^ abcd辻井達一 1995, p. 123.
(19)^ 谷口武士 (2011) 菌根菌との相互作用が作り出す森林の種多様性(<特集>菌類・植食者との相互作用が作り出す森林の種多様性). 日本生態学会誌61(3), pp. 311 - 318. doi:10.18960/seitai.61.3_311
(20)^ 深澤遊・九石太樹・清和研二 (2013) 境界の地下はどうなっているのか : 菌根菌群集と実生更新との関係(<特集>森林の"境目"の生態的プロセスを探る). 日本生態学会誌63(2), p239-249. doi:10.18960/seitai.63.2_239
(21)^ ab岡部宏秋,(1994) 外生菌根菌の生活様式(共生土壌菌類と植物の生育). 土と微生物24, pp. 15 - 24.doi:10.18946/jssm.44.0_15
(22)^ 菊地淳一 (1999) 森林生態系における外生菌根の生態と応用 (<特集>生態系における菌根共生). 日本生態学会誌49(2), pp. 133 - 138. doi:10.18960/seitai.49.2_133
(23)^ 宝月岱造 (2010)外生菌根菌ネットワークの構造と機能(特別講演). 土と微生物64(2), pp. 57 - 63. doi:10.18946/jssm.64.2_57
(24)^ 東樹宏和. (2015) 土壌真菌群集と植物のネットワーク解析 : 土壌管理への展望. 土と微生物69(1), p7-9. doi:10.18946/jssm.69.1_7
(25)^ 谷口武士・玉井重信・山中典和・二井一禎︵2004︶ニセアカシア林内におけるクロマツ実生の天然更新について クロマツ実生の菌根と生存率の評価. 第115回日本林学会大会セッションID: C01.doi:10.11519/jfs.115.0.C01.0
(26)^ 喜多智靖︵2011︶異なる下層植生の海岸クロマツ林内でのクロマツ菌根の出現頻度. 樹木医学研究15(4), pp.155-158. doi:10.18938/treeforesthealth.15.4_155
(27)^ 小島久子・鞠子茂・中村徹・林一六 (2003) ブナ,ミズナラの開葉時期と遅霜に関する実験. 植生学会誌 20(1), p.55-64. doi:10.15031/vegsci.20.55
(28)^ 林一六・中村徹・黒田吉雄・山下寿之︵1996︶日本の冷温帯におけるミズナラ二次林の成長. 植生学会誌 13(2), p.87-94. doi:10.15031/vegsci.13.87
(29)^ “造園用語集 極相”. 愛香園︵福岡︶. 2024年2月18日閲覧。
(30)^ abcd辻井達一 1995, p. 122.
(31)^ 鈴木忠司の実験で、水さらしだけでかすかな弱い渋みを残すまでになるのに丸ごとで101日、粗割りで88日かかった︵増田孝彦・黒坪一樹﹁ドングリのアク抜き方法に関する一考察﹂4頁。︶。
(32)^ “ミズナラ”. 北海道森林管理局. 2012年1月21日閲覧。
(33)^ “日本のレッドデータ検索システム︵ミズナラ︶”. エンビジョン環境保全事務局. 2012年1月21日閲覧。
(34)^ “国指定文化財等データベース︵小黒川のミズナラ︶”. 文化庁. 2012年1月21日閲覧。
(35)^ 生方正俊・板鼻直栄・河野耕蔵︵1999︶ミズナラとカシワの交雑和合性および種間雑種における繁殖能力と開花時期. 日本林学会誌 81(4), p.286-290. doi:10.11519/jjfs1953.81.4_286
参考文献
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●亀田龍吉﹃落ち葉の呼び名事典﹄世界文化社、2014年10月5日、46–47頁。ISBN 978-4-418-14424-2。
●鈴木庸夫・高橋冬・安延尚文﹃樹皮と冬芽‥四季を通じて樹木を観察する 431種﹄誠文堂新光社︿ネイチャーウォチングガイドブック﹀、2014年10月10日、144頁。ISBN 978-4-416-61438-9。
●田中潔﹃知っておきたい100の木‥日本の暮らしを支える樹木たち﹄主婦の友社︿主婦の友ベストBOOKS﹀、2011年7月31日、39頁。ISBN 978-4-07-278497-6。
●辻井達一﹃日本の樹木﹄中央公論社︿中公新書﹀、1995年4月25日、120 - 123頁。ISBN 4-12-101238-0。
●西田尚道監修 学習研究社編﹃日本の樹木﹄学習研究社︿増補改訂 フィールドベスト図鑑5﹀、2009年8月4日、132頁。ISBN 978-4-05-403844-8。
●林将之﹃紅葉ハンドブック﹄文一総合出版、2008年9月27日。ISBN 978-4-8299-0187-8。
●菱山忠三郎︵監修︶ 編﹃樹皮・葉でわかる樹木図鑑﹄成美堂出版、2011年6月。ISBN 978-4415310183。
●平野隆久監修 永岡書店編﹃樹木ガイドブック﹄永岡書店、1997年5月10日、233頁。ISBN 4-522-21557-6。
●増田孝彦・黒坪一樹﹁ドングリのアク抜き方法に関する一考察﹂、京都府埋蔵文化財論集、第6集、2010年。
関連項目
編集外部リンク
編集- ミズナラ(マナラ)の標本(宮城県宮城郡宮城町定義で1963年8月3日に採集) (千葉大学附属図書館)
- 北上山地 ~ミズナラの巨樹~ (NHKエコチャンネル)
- ~森の文化財~福島県天栄村二俣地区のミズナラ~幹周り 10m、樹高 25m~ (福島県ホームページふくしまの森林文化調査カード)