宮城県小牛田農林高等学校
宮城県美里町にある高等学校
宮城県小牛田農林高等学校 | |
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北緯38度33分20.4秒 東経141度3分18.8秒 / 北緯38.555667度 東経141.055222度座標: 北緯38度33分20.4秒 東経141度3分18.8秒 / 北緯38.555667度 東経141.055222度 | |
過去の名称 |
私立養蚕伝習所 遠田郡立養蚕伝習所 遠田郡簡易農学校 遠田郡農学校 郡立遠田郡甲種農学校 宮城県立小牛田農林学校 宮城県小牛田農林学校 |
国公私立の別 | 公立学校 |
設置者 | 宮城県 |
校訓 | 自律・進取・至誠 |
設立年月日 | 1882年(明治15年)[1] |
創立記念日 | 10月12日 |
創立者 | 海上静 |
共学・別学 | 男女共学 |
分校 | 田尻分校(1952年 - 2010年) |
課程 | 全日制課程 |
単位制・学年制 | 学年制・単位制 |
設置学科 |
農業技術科 総合学科 |
学科内専門コース | 農業技術科(農業科学コース、農業土木コース) |
学期 | 4学期制 |
学校コード | D104215050019 |
高校コード | 04145K |
所在地 | 〒987-0004 |
宮城県遠田郡美里町牛飼字伊勢堂裏30 | |
外部リンク | 公式サイト |
ウィキポータル 教育 ウィキプロジェクト 学校 |
概要
編集設置学科
編集沿革
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●1882年 - 私立養蚕伝習所として設立。
●1888年 - 遠田郡立養蚕伝習所となる。この年に私立から郡立へとなったため、正式な創立年と定め、馬場谷地村を発祥として開所。
●1896年 - 遠田郡簡易農学校と改称。田尻分校を設置。
●1899年 - 文部省第9号農学校規定により、遠田郡農学校と改称︵乙種︶。
●1901年 - 甲種農学校に昇格。郡立遠田郡甲種農学校と改称。
●1902年 - 現在地に新校舎完成。校歌・校旗・校章を制定。
●1910年 - 県立移管、宮城県立小牛田農林学校と改称。
●1919年 - 宮城県小牛田農林学校と改称。
●1948年 - 宮城県小牛田農林高等学校と改称。
●1952年 - 田尻分校が独立校となり、宮城県田尻高等学校と改称。
●1997年 - 農業技術科と総合学科の2学科が男女共学となる。
●1999年 - 現校舎が完成。
●2001年 - 美里町の姉妹都市であるアメリカ合衆国ミネソタ州ウィノナ市の交流事業で生徒、教員が派遣開始。
●2003年 - 緑化推進運動﹁内閣総理大臣賞﹂。
特色
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●耕不盡
﹁耕不尽﹂の意味としては、﹁田畑を耕す行程において尽きることない﹂ということであり、邁進という意味で使われる。1988年に創立100周年記念式典として学校の正門脇に山本壮一郎宮城県前知事の揮号﹁耕不尽﹂記念碑除幕式を挙行した。
●渡辺奨学賞
本校の卒業生のなかでも学術または、部活動において優秀な人物に送られる賞である。これは、本校卒業生でもある渡辺頴二の紫綬褒受章に伴い、設立された。毎年一回式典が行われる[要出典]。
姉妹都市交流
編集美里町では毎年、姉妹都市交流としてアメリカ合衆国ミネソタ州ウィノナ郡との短期間の交換留学体験を実施しており、小牛田農林高等学校の学生も毎年、寄宿先として提供しており、校内案内も実施している。また、町役場が行っている交流体験としてのウィノナ郡の留学の際は、美里町内の小中高の各学校の学生から選出され、小牛田農林高等学校の学生も参加している。
定期戦
編集部活動
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●運動部
●剣道部 - 1959年にインターハイで男子団体優勝。
●相撲部 - 2019年にインターハイに出場。
●柔道部 - 1953年にインターハイに出場。
●弓道部
●バレーボール部
●バスケットボール部
●卓球部
●陸上部 - 陸上男子800mでインターハイ3位入賞。
●自転車競技部
●野球部
●ソフトボール部
●ソフトテニス部
●サッカー部
●学芸部
●吹奏楽部
●化学部
●写真部
●生物部
●地学部
●美術部
●文芸部
●愛好会
●イングリッシュ愛好会
●ホームメイキング愛好会