小松町 (愛媛県)
日本の愛媛県周桑郡にあった町
こまつちょう 小松町 | |||||
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廃止日 | 2004年11月1日 | ||||
廃止理由 |
新設合併 小松町、西条市、東予市、丹原町 → 西条市 | ||||
現在の自治体 | 西条市 | ||||
廃止時点のデータ | |||||
国 | 日本 | ||||
地方 | 四国地方 | ||||
都道府県 | 愛媛県 | ||||
郡 | 周桑郡 | ||||
市町村コード | 38321-0 | ||||
面積 | 76.26 km2 | ||||
総人口 |
9,801人 (2000年10月1日) | ||||
隣接自治体 |
西条市・東予市・周桑郡丹原町・上浮穴郡久万高原町 (廃止時) | ||||
町の木 | 松 | ||||
町の花 | 椿 | ||||
小松町役場 | |||||
所在地 |
〒799-1198 愛媛県周桑郡小松町新屋敷甲496 | ||||
座標 | 北緯33度53分49秒 東経133度06分43秒 / 北緯33.89697度 東経133.11197度座標: 北緯33度53分49秒 東経133度06分43秒 / 北緯33.89697度 東経133.11197度 | ||||
ウィキプロジェクト |
合併後、旧小松町の地域は、西条市小松町○○(旧大字)と住所表記され、住所表記としては「小松町」は残存している。
地理
編集歴史
編集略史
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古代以前
●縄文時代の遺跡が点在している。
●古墳が点在している。
藩政期
●江戸時代には小松陣屋が置かれ、小松藩一柳家1万石が幕末までこの地を治めた。近藤篤山を招き藩校﹁養生館︵ようせいかん︶﹂を設置するなど教育を重視した。
明治以降
●1872年︵明治5年︶ 媛松学校開設。
●1887年︵明治20年︶ 媛松学校、新屋敷尋常小学校となる。
●1890年︵明治23年︶ 小松尋常小学校となる。
●1901年︵明治34年︶ 小松尋常小学校に高等科併置
●1923年︵大正12年︶ 国鉄予讃本線開通、伊予小松駅設置。
●1931年︵昭和6年︶ 町有地を払い下げ、カキの栽培を奨励。
●1934年︵昭和9年︶ 温芳図書館開館
●1941年︵昭和16年︶ 私立子安中学校開設。昭和23年愛媛県立小松高等学校となる。
●1943年︵昭和18年︶ 西条-小松間の国道11号開通。
戦後
●道前平野南東部に位置し、米・麦・果樹を主産物とする農業地帯であったが、戦後、当町を含む東予地域一帯が新産業都市に指定され、沿岸部への工場立地も進み、それらへの労働力を供給するベッドタウンとして発展した。
町の沿革
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●1898年︵明治31年︶11月21日 - 小松村が町制を施行して小松町となる。
●1955年︵昭和30年︶4月25日 - 小松町・石根村・石鎚村の合併により、小松町となる。役場は新屋敷。
●2004年︵平成16年︶11月1日 - 西条市・東予市・丹原町・小松町の2市2町の新設合併により、西条市となり、小松町は自治体としての歴史を閉じた。
小松町の系譜 (町村制実施以前の村) (明治期) (昭和の合併) (平成の合併) 町村制施行時 明治31年11月21日 南川 ━━━━┓ 町制施行 北川 ━━━━╋━━小松村━━━━小松町━━━━┓ 新屋敷━━━━┛ ┃昭和30年4月25日 ┃ 合併 ┣━小松町━━━━━━┓ あ ┃ ┃ 千足山村━━━━━━石鎚村━┫ ┃ 石根村━━━━━━━━━━━┛ ┃ ┃平成16年11月1日 ┃新設合併、新・西条市発足 ┃ 西条市━━━━╋━━西条市 東予市━━━━┫ 丹原町━━━━┛ (注記)小松町以外の合併以前の系譜はそれぞれの市町村の記事を参照のこと。 あ 昭和26年8月10日 千足山村が改称、石鎚村となる
地域
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昭和の合併・成立時の旧町村の9の大字をそのまま引き継いだ。
なお、現在、西条市になって以降の地名表記では、﹁小松町﹂を付け、大字を省く。
- 例 西条市小松町新屋敷
経済
編集工業
編集- 四国コカ・コーラプロダクツ
- 久米紙店
- あずまや
- 一万石
- ホビー
教育
編集高等学校
編集中学校
編集- 西条市立小松中学校
小学校
編集- 西条市立小松小学校
- 西条市立石根小学校
交通
編集国道11号が町北部を東西に横断している。また、予讃線が北東部を通過し、伊予小松駅がある。
鉄道
編集道路
編集- 高速道路
- 松山自動車道
- 町内にあるインターチェンジ:いよ小松インターチェンジ
- 今治小松自動車道
- 町内にあるインターチェンジ:いよ小松北インターチェンジ
- 松山自動車道
- 国道
- 県道