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白旗派
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白
旗
派
︵
し
ら
は
た
は
︶
は
、
浄
土
宗
鎮
西
義
の
流
派
の
ひ
と
つ
、
鎮
西
の
正
統
、
正
流
で
あ
り
、
現
在
の
浄
土
宗
の
本
流
で
あ
る
。
筑
後
国
善
導
寺
に
て
法
然
上
人
の
高
弟
弁
長
の
教
え
を
受
け
た
良
忠
は
、
京
都
か
ら
関
東
に
下
り
浄
土
宗
を
広
め
た
が
良
忠
の
死
後
鎮
西
義
は
六
派
[
注
釈
1
]
に
分
裂
し
た
。
こ
の
う
ち
、
後
継
者
と
し
て
良
忠
か
ら
鎌
倉
悟
真
寺
を
譲
ら
れ
た
良
暁
は
、
晩
年
相
模
国
白
旗
郷
[
注
釈
2
]
に
隠
棲
し
た
こ
と
か
ら
良
暁
の
門
流
を
白
旗
派
と
い
う
[
1
]
。
目次
1
解説
2
脚注
2.1
注釈
2.2
出典
3
参考文献
4
外部リンク
解説
編集
こ
の
門
流
か
ら
了
誉
聖
冏
が
出
た
。
聖
冏
は
顕
密
の
教
学
に
精
通
し
著
作
も
多
く
、
小
石
川
伝
通
院
を
創
建
、
こ
こ
に
檀
林
を
置
い
て
学
問
を
盛
ん
に
し
、
浄
土
宗
中
興
の
祖
と
し
て
重
き
を
置
か
れ
る
。
聖
冏
の
門
弟
に
酉
誉
聖
聡
が
お
り
、
芝
増
上
寺
を
開
い
て
学
問
の
道
場
と
し
た
[
2
]
。
ま
た
、
下
総
国
飯
沼
弘
経
寺
開
山
の
嘆
誉
良
肇
、
上
洛
し
て
知
恩
院
二
十
一
世
と
な
っ
た
大
譽
慶
竺
、
松
平
親
忠
の
要
請
で
三
河
国
岡
崎
大
樹
寺
を
開
山
し
た
勢
誉
愚
底
、
下
総
国
の
生
実
城
外
に
大
巌
寺
を
開
山
し
た
道
誉
貞
把
な
ど
を
輩
出
し
た
[
2
]
。
江
戸
時
代
に
な
り
徳
川
氏
が
政
権
を
握
る
と
、
外
護
を
受
け
た
白
旗
派
が
浄
土
宗
教
団
の
形
成
に
も
中
心
的
な
役
割
を
果
た
す
こ
と
と
な
っ
た
。
そ
し
て
、
諸
流
を
合
し
正
流
と
な
り
今
日
に
至
っ
て
い
る
[
1
]
。
脚注
編集
[
脚注の使い方
]
注釈
編集
(一)
^
他
の
五
派
は
、
性
心
の
藤
田
派
、
尊
観
の
名
越
派
、
道
光
の
三
条
派
、
然
空
の
一
条
派
、
慈
心
の
木
幡
派
。
(二)
^
武
州
白
旗
郷
と
も
さ
れ
、
現
在
の
何
処
か
は
不
明
。
出典
編集
^
a
b
『新浄土宗辞典』 425ページ
^
a
b
『よくわかる浄土宗 重要経典付き』 223ページ
参考文献
編集
瓜生 中 『よくわかる浄土宗 重要経典付き』
角川ソフィア文庫
、2018年、
ISBN 978-4044003647
佛教大學 佛教文化研究所 『新浄土宗辞典』
隆文館
、昭和49年
外部リンク
編集
白旗派 - 新纂浄土宗大辞典
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