薬物動態学(やくぶつどうたいがく、英語: pharmacokinetics)は、生体に投与した薬物の体内動態とその解析方法について研究する学問である。

薬力学と薬物動態学

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 (pharmacology)  (drug)  (pharmacological effect)  (pharmacodynamics) (receptor)

 (pharmacokinetics) drug delivery systemDDS

 (absorption) (distribution) (metabolism) (excretion) 44ADME

吸収

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(absorption)

指標

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バイオアベイラビリティ

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 (bioavailability) 1

222

初回通過効果

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first-pass effect

CYP3ACYP3A2

機構

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[1]








投与経路

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(route of administration) (systemic administration)  (local administraton) 

経口投与 (oral administration、per os、p.o)

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便使pH漿
消化管からの吸収
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600



pH13



pH
消化管における吸収に影響を与える因子
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消化管における薬物の吸収に影響を与える因子には生理的な要因と薬物の物理化学的な要因が知られている。

薬物の物理化学的な性質
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pKa4biopharmaceutics classification system (BCS) [2]BCSclass1class4

Class 1

Class 1

Class 2

Class 2

Class 3

Class 3

Class 4

Class 4
生理的要因
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pH

pH

pHpHpHpH135H2pHpH50pH3



gastric emptying rateGERGERGERGERGERβGERGER2-4



GERGERGERGERGERGERPEPT1

非経口投与 (parenteral administration)

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5
注射
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静脈内注射 (intravenous injection、i.v.)

漿1.0漿

 (intramuscular injectioni.m.)

漿

 (subcutaneous injections.c.)

漿

 (intrathecal injectioni.t.subarachnoid injection)



 (intradermal injectioni.d.)



 (intra arterial injectioni.a.)



 (intraperitoneal injectioni.p.)


その他
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直腸内投与 (rectal administration)

便使

 (sublingual administration)



 (nasal administration)



 (percutaneous administration)

便

 (inhalation)



 (topical application)


分布

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(distribution)drug delivery systemDDS 1漿

指標

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分布容積

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漿漿(volume of distribution)[3](L)漿漿60-70kg漿3L(0.05L/kg)12L(0.2L/kg)36L(0.6L/kg)漿漿

漿3L

漿(0.058L/kg)(0.042L/kg)

12L

漿(0.25L/kg)(0.3L/kg)(0.13L/kg)(0.11L/kg)

36L

漿(0.54L/kg)(0.57L/kg)(0.67L/kg)



漿(3.3L/kg)(3.9L/kg)(8.4L/kg)(30L/kg)(66L/kg)

薬物分布の速度とコンパートメント

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ほとんどの薬物は循環血中(血管コンパートメント)から体内の他のコンパートメント(血管外コンパートメント)に分布する。薬物を静脈内注射した場合、薬物は血管から他の組織に分布するのに伴って、血漿中薬物濃度は急激に低下する。この投与後から臓器や組織への分布が完了するまでを分布相(α相)と呼ぶ。この急速な薬物濃度低下に引き続き、ゆるやかな濃度の低下が観察される。これを消失相(β相)といい、ここでは薬物の体内からの消失と血漿中濃度の低下に伴いいったん組織に分布した薬物が血液に戻り体内に拡散する。

分布に影響を及ぼす要因

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血漿蛋白質結合

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1,000漿protein binding ratio1漿漿α1



漿2

組織血流量

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[4]

蓄積

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漿 (redistribution) 

薬物の物理化学的性質

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1,000

トランスポーター

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臓器への分布は多くの場合、受動的な膜透過性によるがトランスポーターの存在も薬物の分布に大きな影響を与える。例えばパーキンソン症候群の治療薬のL-DOPAの脳への移行はアミノ酸トランスポーターであるLAT1によっている。逆にシクロスポリンがその脂溶性の割に脳へ分布しにくいのはP糖蛋白質(MDR1遺伝子の産物)というトランスポーターにより通過した薬物が再びくみ出されているためであると考えられている。

特殊な組織への分布

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血液脳関門と血液脳脊髄液関門

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(blood-brain-barrier; BBB)blood-cerebrospinal fluid barrierBCSFB2BBBBCSFB5,000BBB[5]BBBBBBBCSFBCSF[6]

血液胎盤関門と胎児移行

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血液胎盤関門は血液脳関門のような厳しい関門性はない。

代謝

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 (biotransformation)  (metabolism) 2123 (prodrug)  (drug metabolizing enzyme) 

第1相反応

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1P450cytochrome P450CYP450nmCYPNADPH-cytochrome p450 oxidoreductaseNADPHreduced nicotinamide adenine dinucleotide phosphate1CYP57 (isozyme) CYP1CYP2CYP3CYPCYP3A4CYP3A4CYP1(FMO) (CES) (XO) (MAO) 

第2相反応

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第2相反応では抱合(conjugation)反応が主に肝臓で起こる。UDP-グルクロン酸転移酵素(UDPGT/UGT)や硫酸転移酵素(SULT)、グルタチオンS-転移酵素(GST)、N-アセチル転移酵素(NAT)、メチル転移酵素が関与する。

排泄

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excretion

腎臓からの排泄

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尿尿glomerular filtration710nm5,00070,000漿尿尿尿(tubular secretion)漿尿尿2尿 (tubular rebsorption) 

胆汁からの排泄

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ABC

薬物速度論

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薬物投与から一定時間後の薬物血中濃度を理論的に計算し、予測することを目的とした学問である。血中濃度の予測は臨床における薬物投与計画の作成や医薬品の研究開発などにおいて重要である。

ドラッグデリバリーシステム

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DDSdrug delivery system-DDS

放出の制御

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薬物の放出制御はコントロールドリリースといわれ、製剤からの薬物の放出を制御することで必要なときに必要な量の薬物を供給するための技術である。この概念はA.Zaffaroniによって1968年米国で設立されたALZA社において開発された徐放制御製剤や経皮吸収型製剤に由来する。経口徐放化製剤、経皮吸収型製剤のほか、粘膜適用型放出制御製剤、注射型放出制御製剤などが知られている。

吸収の制御

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DDS

添加物の利用

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薬物の分子修飾

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薬物の分子修飾ではプロドラッグがもっとも知られている。プロドラッグは1958年にA.Albertによって提唱された概念である。作用が既知である親化合物の誘導体であり、それ自身の薬効はないか、あるいは親化合物に比べて低く、体内で酵素的あるいは化学的に親化合物に変換されるものと定義されている。プロドラッグは吸収性の改善、作用の持続化、標的組織への選択的移行性、毒性や副作用の軽減、水溶性の増加、安定性の向上、不味い味や臭いのマスキングなど様々な目的で使用される。

薬物の剤形修飾

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微粒子キャリアを用いて剤形修飾する場合がある。

標的指向性の制御

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19

高分子医薬の薬物動態学

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31kDa50-80nm1μm50nm

高分子医薬品は従来の低分子医薬品と比較して体内動態を支配する要因が大きく異なっており吸収・分布・代謝・排泄など体内動態特性も極めて特徴的である。

吸収

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0.1%M201716kDa16kDa[7][8]50100%

分布

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100kDa1kDa5080nm(pore)(fenestration)

receptor-mediated endocytosisRMT漿漿+

クリアランス

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漿nepnatal FcFcRn

血液中や組織表面の分解酵素による代謝

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γ-γ-GT148L-D-90

細胞内への高分子医薬品の取り込みと分解

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EGFHGF-[9]



100nm

腎臓からの排出

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尿尿4kDa5nm30kDa[10] [11]

尿adsorptive-mediated endocytosisAMFLDLLRP2尿尿

細胞内動態

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高分子医薬品では細胞膜オルガネラ膜も大きなバリアとなる。高分子医薬品の細胞への取り込み、エンドソーム脱出、オルガネラへの分布に関して述べる。

細胞への取り込み

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μm



LDL22nmLDL











[12]

エンドソーム脱出

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エンドサイトーシス後の細胞内輸送経路はリソソームとの融合、リサイクリング、トランスサイトーシスなどのネットワーク機構で制御されているが既定路線はリソソームとの融合である。したがってリソソームでの分解を回避するためにエンドソーム脱出は不可欠である。膜融合や膜破壊などのメカニズムが知られている。エンドソーム内の酸性環境応答し脱出する技術などが知られている。

オルガネラへの分布

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ミトコンドリアなどのオルガネラへ分布するためには膜の通過が必要である。特に核膜は分子量60,000以上または直径40nm以上の分子は受動拡散では核膜を通過できない。

ドラッグデリバリーシステム

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高分子医薬品ドラッグデリバリーシステムでは下記のようなものが知られている。

吸収や分布の制御

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高分子医薬品の吸収や分布を変更する方法論として吸収促進薬などの添加物を利用する方法、薬剤の分子構造修飾、薬剤の剤形修飾といった方法がある[13]

吸収促進薬の利用
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[14][15]1980[16][17]2[18]
薬剤の分子構造修飾
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1
薬物の剤形修飾
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微粒子キャリアを用いて剤形修飾する場合がある。

標的指向性の制御

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薬物に生体内で標的部位に指向する性質を与えることを標的指向性の制御あるいはターゲティングという。生体機能を積極的に利用する試みを能動的ターゲティング(active targeting)といい、生体内の非特異的な物質輸送の特性を受身的に利用する場合は受動的ターゲティング(passive targeting)という。ターゲティングには特定の物質とのコンジェゲートする場合と微粒子キャリアを用いる場合がある。

特定の物質とのコンジェゲート
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 (PEG) 





PEG

(PEG)PEG (PEGylation) α
膜透過ペプチド

cell penetrating peptideCPPHIVTat48-60TatDrosophiaantennapediapenetratingalaninmastroparantransportanTP10TatpenetratinTatβ-TatTat



CD20CD20βγCD20HER2DM1CD33
微粒子キャリア
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lipid nanoparticleLNPLNP



1964BanghamDDS(SUV)(LUV)(GUV)(MLV)調調調PEGBB使B100nm2017100nm



Lipid microsphere使NSAIDs



1980ABB~BAPEG10~100nm

PIC

特殊な分布

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EPR効果

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固形がん組織では正常組織と比べて新生血管の増生と血管壁の著しい透過性の亢進があることから数十nmサイズのキャリアが固形がん組織に集積しやすいことが知られEPR効果(enhanced permeation and retention effect)といわれる。

抗体医薬品の体内動態

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IgGFcRnneonatal Fc receptor[19]FcRnIgGFcIgGFcRnFcRnFcRnαβ2β2-microglobulinβ2mβ2mFcRnαIgG[20]FcRnIgG

FcRnIgGpHpH6.0-6.5pH7.07.5IgGFcRnIgGFcIgG-FcRnIgGFcRnIgG21210IgGFcRnFc調FcFcRnIgGFcFcRnIgG

pH6.0FcRn[21]FcRn

[22]RESRME

IgGFcFcγ receptorFcγRFcγRFcγRIgG[23]FcγR-

遺伝子組換え(リコンビナント)型の高分子医薬品の体内動態

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(r)(n)IL-2rn[24]IFNβrn[25]

1

(EPO)α3N-1O-in vitroin vitroαEPO52N-EPOEPO3in vivo[26]31

核酸医薬の薬物動態学

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体内動態
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3103304,0002RNAsiRNA13,0004000nmEPR(enhanced permeation and retention effect)EPR[27][28][29]

40,0005nm[30]100nm

漿PEG
細胞膜透過
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核酸医薬のようなオリゴヌクレオチドは細胞にとって不要であるため細胞内への移行は大きく制限されると考えられている。一般的にオリゴヌクレオチドを含める高分子は主にエンドサイトーシスによって取り込まれる[31][32]。よく知られた核酸医薬のエンドサイトーシスに関わる受容体を下記のようにまとめる。

受容体 リガンド 細胞
MSR1[33] PO DNA マクロファージ、樹状細胞
MAC-1[34] PS DNA 多核白血球、マクロファージ、樹状細胞
MANB[35] calf thymus DNA マクロファージ、B細胞
DEC-205[36] PS CpG DNA 胸腺上皮細胞、樹状細胞
AGER[37] PS/PO CpG DNA マクロファージ、内皮細胞
MRC1[38] PS CpG DNA マクロファージ、樹状細胞
stabilin-1,2[39] PS DNA 培養細胞

DDS

siRNA100nMsiRNAGapmersiRNA

関連項目

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脚注

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  1. ^ Ther Deliv. 2014 Oct;5(10):1143-63. PMID 25418271
  2. ^ Pharm Res. 1988 Oct;5(10):651-4. PMID 3244618
  3. ^ 臨床薬物動態学 薬物治療の適正化のために 第3版 PMID 9784621089125
  4. ^ 医療薬学臨床薬物動態学 ISBN 9784567497602
  5. ^ Blood-Brain Barrier in Drug Discovery ISBN 9781118788356
  6. ^ 辻彰、ダイナミックインターフェースとしての血液脳関門機能と薬物脳移行相関 Drug Delivery System 11巻 (1996) 5号 p.299-308, doi:10.2745/dds.11.299
  7. ^ Clin Pharmacol Ther. 1984 May;35(5):722-7. PMID 6713784
  8. ^ Eur J Clin Invest. 1992 Jan;22(1):45-9. PMID 1559542
  9. ^ Am J Physiol. 1990 Apr;258(4 Pt 1):C593-8. PMID 2333945
  10. ^ Clin Sci. 1971 Feb;40(2):137-58. PMID 5548520
  11. ^ J Gen Physiol. 1979 Nov;74(5):583-93. PMID 512632
  12. ^ Cold Spring Harb Perspect Biol. 2017 Sep 1;9(9):a027912. PMID 28213463
  13. ^ Pharmacol Ther. 2020 Mar 20:107537. PMID 32201316
  14. ^ Molecules. 2015 Aug 10;20(8):14451-73. PMID 26266402
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  16. ^ Eur J Pharm Sci. 2000 Apr;10(2):133-40. PMID 10727879
  17. ^ Int J Pharm. 1999 Nov 25;191(1):15-24. PMID 10556736
  18. ^ Mechanisms of absorption enhancement and tight junction regulation Journal of Controlled Release 1994 Mar 29(3) 253-267
  19. ^ Protein Cell. 2018 Jan;9(1):15-32. PMID 28421387
  20. ^ Eur J Immunol. 1996 Mar;26(3):690-6. PMID 8605939
  21. ^ J Immunol. 2010 Feb 15;184(4):1968-76. PMID 20083659
  22. ^ Drug Discov Today. 2006 Jan;11(1-2):81-8. PMID 16478695
  23. ^ Arthritis Rheum. 2000 Dec;43(12):2793-800. PMID 11145038
  24. ^ J Biol Response Mod. 1985 Dec;4(6):596-601. PMID 3910763
  25. ^ Gan. 1984 Mar;75(3):292-300. PMID 6724230
  26. ^ J Am Soc Nephrol. 1999 Nov;10(11):2392-5. PMID 10541299
  27. ^ Mol Ther. 2010 Jun;18(6):1210-7. PMID 20407428
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  37. ^ J Exp Med. 2013 Oct 21;210(11):2447-63. PMID 24081950
  38. ^ J Immunol. 2013 Dec 1;191(11):5615-24. PMID 24184555
  39. ^ Nucleic Acids Res. 2016 Apr 7;44(6):2782-94. PMID 26908652

参考文献

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