足守陣屋
足守陣屋︵あしもりじんや︶は、岡山県岡山市北区足守︵備中国加陽郡︶に築かれた江戸時代の足守藩木下氏の居館である。岡山市の史跡に指定されている。
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陣屋遺構
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陣屋跡記念碑
1615年︵元和元年︶、木下利房︵2代︶の代に慶長19年︵1614年︶大坂冬の陣での功績が徳川家康に認められ賀陽郡内2万5千石の知行を与えられて再び足守に居館を構えた。足守陣屋と呼ばれている足守木下家の居館については足守藩第4代藩主・木下利貞の時代の寛文2年︵1662年︶から延宝7年︵1679年︶の間に築かれたと言われる。
1708年︵宝永5年︶、5代㒶定は幕命によって仙洞御所造営に参加した際に、その残財を貰い受けて陣屋の東側に﹁吟風閣﹂を建設[1]。
明治維新後は、足守県の県庁として利用されたが、深津県に併合し消滅。陣屋の建物は取壊されたが、1874年︵明治7年︶、陣屋跡中央部分に旧藩士の屋敷を移築し、木下子爵家︵旧藩主家︶が居住した。1886年︵明治19年︶1月1日に後の歌人木下利玄はこの屋敷で誕生した。[2]
陣屋跡は現在の足守小学校の北西隣にあり、現在は公園となっている。陣屋の建物は現存していないが、陣屋跡を囲む堀と石垣が残っている。中世の宮地山城のあった宮地山︵御殿山︶を借景にした庭園﹁近水園︵おみずえん︶﹂に数奇屋建築の吟風閣が現存している[1]。
1959年︵昭和34年︶3月27日、近水園は岡山県の名勝に指定された[1]。
2002年︵平成14年︶4月10日、陣屋跡は﹁足守藩主木下家屋形構跡﹂︵あしもりはんしゅきのしたけやかたがまえあと︶として岡山市史跡に指定された[3]。
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脚注
編集- ^ a b c “岡山シティミュージアム「岡山県指定名勝 近水園」”. 岡山市. 2017年2月26日閲覧。
- ^ 平井聖監修『城』(6〈中国〉、甍きらめく西国の城塞)毎日新聞社、1996年、ISBN 4-620-60516-6
- ^ “岡山市指定文化財一覧(平成28年10月31日現在)”. 岡山市. 2017年2月26日閲覧。