陶興房

日本の戦国時代の武将

陶 興房(すえ おきふさ)は、戦国時代武将周防国の戦国大名大内氏の重臣。

 

凡例

陶 興房
時代 戦国時代
生誕 文明7年(1475年
死没 天文8年4月18日1539年5月6日
改名 興房、道麒・道鱗(法号)
別名 次郎
戒名 大幻院殿透麟道麒大居士
墓所 建咲院山口県周南市土井)
龍文寺(山口県周南市長穂)
官位 中務少輔、尾張
主君 大内義興→義隆
氏族 陶氏
父母 父:陶弘護
兄弟 武護(宗景)、興明興房
正室:右田弘詮の娘
興昌隆房(晴賢)隆信
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生涯

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家督相続

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71475

141482

大内義興の時代

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41524[1][2]

大内義隆の時代

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152812[3]

315308153211[4]215332西[5]21533123153446710使[6]41535[7]

515369[7]

81539418[3]65

人物・逸話

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退



21529


脚注

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  1. ^ 福尾 1989, p. 51.
  2. ^ 福尾 1989, p. 206.
  3. ^ a b 福尾 1989, p. 52.
  4. ^ 福尾 1989, p. 76.
  5. ^ 福尾 1989, p. 77.
  6. ^ 福尾 1989, p. 78.
  7. ^ a b 福尾 1989, p. 79.

参考文献

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  • 福尾猛市郎『大内義隆』吉川弘文館〈人物叢書〉、1989年。ISBN 4-642-05173-2 

陶興房が登場する作品

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