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お歯黒べったり︵おはぐろべったり︶は、歯黒べったりとも言い、妖怪の一種。目も鼻も無い顔に、お歯黒を付けた大きな口だけがある。お歯黒は、江戸時代には既婚女性が行なった化粧の一種で、鉄片を酒・茶・酢で酸化させた液で歯を黒く染めるもの。当然お歯黒べったりも女の妖怪である。人を驚かせるだけで、危害を加えることはない。
出典
江戸時代後期の画家竹原春泉作の﹃絵本百物語︵別名﹃桃山人夜話﹄︶﹄に姿が描かれている。詞書には、﹁ある人が古い社の前を通ったとき、美しげな女が伏し拝んでいるので、戯れに声を掛けて過ぎようとしたところ、その女が振り向いた。顔を見ると目も鼻も無く、大きな口でけらけらと笑った。二度と見たくないほど恐ろしかった﹂という意味のことが記されている。また、﹁東国では﹃のっぺらぼう﹄とも言い、多くは狐狸の化け損なったもの﹂ともある[1]。﹃絵本百物語﹄のお歯黒べったりは角隠しを着け、美しい着物を着た姿で描かれているので、結婚前に死んだ女性の亡霊とも言われるが[2]、角隠しは、もともと浄土真宗信者の女性が寺参りに際して着用する物であったから、断定はできない。また、のっぺらぼうは小泉八雲の短編﹃むじな﹄にあるように、ムジナ・キツネ・タヌキなどが人を驚かせるために化けたものであるとも言い伝えられるので、お歯黒べったりもその類とも考えられる。
その他の資料
水木しげる﹃図説日本妖怪大全﹄には、お歯黒べったりは夕闇迫る町外れの神社や寺に現われ、通りかかった人を驚かせ、稀には家の中にも出たと書かれている[3]。山田野理夫﹃東北怪談の旅﹄には、恐らく江戸時代の、福島県の話として概略次のようなものがある。
浜通り地方の平の町で大勢の人が集まって盆踊りをしていた夜の事、1人の若い女が人々の目を引いた。手ぬぐいをかぶっていたので顔はわからないが、姿は美しかった。夜が更けて踊りが終わると、興味を持った3人の若者が女の後を追いかけて、いい踊りだった、誰もあんなにきれいに踊れない、などとほめた。女が、ほめてもらったお礼がしたいが、と返すと調子に乗った男たちは、あんたの体でもいいぞ、と言う。女は恐れるふうもなく、1人ずつ草むらで相手をした。別れ際に若者たちが、また会いたいから顔を見せてくれと頼むと女は手ぬぐいを取った。その顔にはお歯黒を付けた口だけがあった。むろん若者たちは肝をつぶして逃げ去った。話を聞いた町の者は、お歯黒をしていたのなら誰かの女房だ、と首をひねったと言う[4]。
その他
- 直接的な関係は不明だが、『源氏物語』手習の記述に、「昔いたと言う目も鼻もない女鬼(めおに)~」と言った記述があり、名前については不明だが、少なくとも同種の怪異は平安時代中期の近畿圏では知られていた。
脚注