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[[玉造郡]]大口村に属し、[[仙台藩]]の[[岩出山伊達家]]の知行地であった。村内の鍛冶谷沢宿は、[[仙台市|仙台]]と[[酒田市|酒田]]を結ぶ街道︵[[出羽仙台街道]]︶上の宿駅であったが、温泉自体は街道からやや離れた位置にあった。村内には'''川渡'''のほか、[[東鳴子温泉|赤湯]]などの温泉があり、[[鳴子温泉|鳴子]]、[[鬼首温泉|鬼首荒湯]]といった当時の仙台藩領内を代表する温泉ともそれほど遠くない位置関係にあった<ref name=":2">{{Cite journal|author=高橋 陽一|year=2007-03-31|title=川渡温泉史料|url= |
[[玉造郡]]大口村に属し、[[仙台藩]]の[[岩出山伊達家]]の知行地であった。村内の鍛冶谷沢宿は、[[仙台市|仙台]]と[[酒田市|酒田]]を結ぶ街道︵[[出羽仙台街道]]︶上の宿駅であったが、温泉自体は街道からやや離れた位置にあった。村内には'''川渡'''のほか、[[東鳴子温泉|赤湯]]などの温泉があり、[[鳴子温泉|鳴子]]、[[鬼首温泉|鬼首荒湯]]といった当時の仙台藩領内を代表する温泉ともそれほど遠くない位置関係にあった<ref name=":2">{{Cite journal|author=高橋 陽一|year=2007-03-31|title=川渡温泉史料|url=http://hdl.handle.net/10097/46120|journal=東北文化資料叢書 ; 第2集 . 近世地方史料陸奥国 玉造郡大口村}}</ref>。
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代々藤島氏が﹁'''大湯'''﹂﹁'''真癒湯︵まゆのゆ︶'''﹂の[[湯守]]と、﹁'''温泉石神社'''﹂の祭主を兼務した<ref name=":3">{{Cite book|和書 |title=陸羽東線玉造の温泉誌 |date=大正7 |publisher=唯我書房 |page=16 |url=https://dl.ndl.go.jp/pid/958351/1/16}}</ref>。﹁'''真癒湯'''﹂は[[伊達斉邦]]の御下名<ref name=":3" />。湯守は、温泉の傍らで宿屋を営業し、温泉を管理して入湯客の利用の便を図ると同時に、彼らから﹁湯銭﹂︵入湯料︶を徴収してその一部を﹁御役代﹂︵運上金︶として藩に上納することを主な任務とした<ref name=":2" />。
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代々藤島氏が﹁'''大湯'''﹂﹁'''真癒湯︵まゆのゆ︶'''﹂の[[湯守]]と、﹁'''温泉石神社'''﹂の祭主を兼務した<ref name=":3">{{Cite book|和書 |title=陸羽東線玉造の温泉誌 |date=大正7 |publisher=唯我書房 |page=16 |url=https://dl.ndl.go.jp/pid/958351/1/16}}</ref>。﹁'''真癒湯'''﹂は[[伊達斉邦]]の御下名<ref name=":3" />。湯守は、温泉の傍らで宿屋を営業し、温泉を管理して入湯客の利用の便を図ると同時に、彼らから﹁湯銭﹂︵入湯料︶を徴収してその一部を﹁御役代﹂︵運上金︶として藩に上納することを主な任務とした<ref name=":2" />。
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