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空洞化︵くうどうか︶とは、構成していたものが消滅、移転等することによって、そこが空き﹁空洞﹂になる状態。さまざまな局面での﹁空洞化﹂が考えられるが、以下、経済・産業の分野において議論されてきた﹁空洞化﹂について述べる。
市街地の﹁空洞化﹂については、ドーナツ化現象を参照のこと。
日本の空洞化問題
2000年にはいり、企業の海外進出に伴い、国内工場を閉鎖する等の現象が顕著となり、雇用不安が生じるなどの産業の空洞化がさかんに議論された。その背景には、以下のようなそれまでにみられなかった要因が影響している。
(一)WTO加盟を契機に﹁世界の工場﹂として急ピッチで台頭してきた中国︵中華人民共和国︶に日本国内の製造業が業種を問わずこぞって進出し、かつてない規模と早さで空洞化が進む懸念が生じた。とてつもないことがおきるのではないかとの不安である。
(二)日本の失業率は戦後最高水準に達しているが、小泉内閣の構造改革でさらに上昇する可能性があり、そうした環境下における空洞化の進展により、失業者の増大、賃金の低下、購買力の低下などにより、流通を含む第三次産業など一見﹁空洞化﹂と関係の希薄な業種においても大きな影響を及ぼすおそれがある。
(三)円高で貿易黒字が減少し、加えて空洞化による国内の輸出産業の衰退により、貿易赤字国に転落するおそれが出てきている。
貿易構造
従来の日本の貿易の構造は、原材料・燃料を輸入し、加工組み立てた製品として輸出するという﹁加工貿易﹂のパターンであったが、輸入においては製品輸入が顕著に増大している。大手流通業者も開発輸入を強化している。
貿易相手国をみても、輸出先は長年米国がトツプであったが、中国をはじめとしたアジア諸国・地域の比重が増しつつある。家電やAVのような耐久消費財については、既に日本企業においてもアジア諸国の現地工場での生産が主体となっている。
海外生産比率
内閣府の調査によると、日本の製造業の海外生産比率は、1985年度に3.0%であったが、1990年度は6.4%に達し、1990年代を通してほぼ一貫して上昇を続け、2001年度は14.3%となっている。特に、これまで日本の輸出の太宗を占めてきた自動車等の輸送用機械や電気機器の海外生産比率は、それぞれ33.2%、25.2%と他の産業と比べて高い。一方、諸外国と比較すると米国が27.7%、ドイツが32.1%であることから見て、またまだまだ上昇する余地はあるとの見方もある。
問題点
国内における雇用機会の喪失、技能ノウハウを生む生産現場の劣化、貿易黒字を生む国際競争力の減退・喪失といった悪影響が指摘される。
雇用への影響
雇用面では、総務省の労働力調査によると、製造業全体の雇用者数は1995年に1,308万人であったが、急激な円高に対応するための海外生産拡大や、バブル崩壊後の大幅なリストラが重なり、1990年代から減少傾向が続き、2000年には1,205万人へと、5年間で100万人も減少した。このまま製造コストの安い中国やアジアへの生産移管が進み、これらの地域からの製品輸入が1990年代のペースで増え続ければ、﹁2005年までに製造業で33万人が職を失う恐れがある﹂︵日本総合研究所による︶との指摘もあった。実際には、2005年に製造業の雇用者数は1059万人︵労働力調査による年平均︶と、先の予想以上の減少となっている。これは、製造業の人減らしがさらに進んだことを裏付ける。ただし、人減らし効果もあり製造業のみならず多くの産業の収益が改善し景気も回復したことから、雇用の面からの空洞化論議は現在ではみられなくなっている。︵2006年現在︶
データについては、厚生労働省労働力統計を参照のこと。同サイトに長期データもあり、エクセル形式にダウンロード可。
地域産業の崩壊
日本の産業を取り巻く環境は、アジア諸国の経済的・技術的な発展、IT技術の進展などを背景とした経済のグローバル化などにより大きく変化した。とりわけ製造業においては、国際的な大競争時代の渦中にあり、生産拠点の海外移転など﹁適地適産﹂の傾向を強めた。日本国内においては、地方に工場を配置し、その周辺に関連産業が張り付くという、従来型量産型の垂直分業体制であった。これが崩れ、高精度かつ多品種小ロットの生産体制への組み替えが進んだ。また、協力企業ごと進出するといった現象もみられた︵国内に留まっていれば仕事がなくなってしまうため︶。日本の製造業の生産拠点が海外移転を加速化し産業集積地域に深刻な影響を与えた。
特に一企業への依存度が高いいわゆる﹁企業城下町﹂や、特定業種の地場産業が集積する地方都市における雇用への影響は深刻なものがある。
競争力の低下
将来への懸念として、日本経済が技術面において経済の発展基盤を喪失していく懸念が指摘される。
それは、生産の海外移転を活発に行っている産業は、輸出競争力を有する﹁比較優位産業﹂である場合が多い。ひいてはブランド力が既に﹁強み﹂に転化している産業・企業でもある。また、自動車産業のようなメーカーと関係企業との間の技術統合コミュニケーション、ないしは﹁つくり込み﹂が要求される産業である。
国としての国際競争力を保持したいという立場とは別に、企業としてはグローバルコンペティションの中で国際競争力強化のため、海外により有利な立地があれば、工場・物流拠点等を展開し多国籍化しているのもあるいみ当然の行動といえる。こうして多国籍化した企業は、世界全体としての利益極大化を求めて、生産拠点の移転などグローバルに活動を展開している。また株主をはじめとしたステークホルダーもそれを求める。
長期的には、科学技術立国としての基盤が失われかねないことにある。それは、日本の民間の研究開発投資額および研究本務者の約9割が、製造業に関係しているなど、﹁ものづくり﹂あっての科学技術大国であるためである。
対処論
マクロ的にみた場合、﹁産業は置き換わりの歴史であり、空洞化するべきものは空洞化させ、それに代わる産業を興せば問題は解決する﹂という見方がある。
空洞化論議があった米国ではローテクや第一次産業に頼っていた地域が地方の経済の構造を変えていく努力を行い、サイエンス・パーク、あるいはリサーチ・パークなどのよる産業の高度化が図られた。また、日本企業の進出に対する警戒論が支配的だったなかで、数十の州が日本に連絡事務所を設置して積極的な誘致を行った。
また、欧米では地域が危機感を持って、自らの地域は自らで立て直す努力、人の誘致も図るべく生活の質、QOLを高め、人々が暮らしやすい環境を形成していくことに努めた。
要は、空洞化現象は先進国として避けることのできないものであり、これを前向きに受けとめ、産業構造の転換を積極的に図っていくしか道はないとされる。いわゆる﹁ウィンブルドン現象﹂は好ましくないとの見方もあるが、外国企業も含めて新しいものが入り、古いものが出ていく新陳代謝が活発に行われる必要がある。
政策オプションとしては、以下のものが考えられる。
- 国内立地企業が競争力を発揮しうるための環境整備(税制、雇用制度、労働力の流動化促進など)
- 国内での新規産業の創出
- 海外からの企業・産業の誘致
- 「日本に残す技術・産業」を決め、そこに人材や教育、金融など最大の知識・人材・経済的支援を重点的に投下