「赤の女王仮説」の版間の差分
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'''赤の女王仮説'''︵あかのじょうおうかせつ︶は、[[進化]]に関する[[仮説]]の一つ。、[[競争]]関係にある[[種 (分類学)|種]]間での軍拡競争と、[[生殖]]における[[有性生殖]]の利点という2つの異なる現象に関する説明である。﹁赤の女王競争﹂や﹁赤の女王効果﹂などとも呼ばれる。[[リー・ヴァン・ヴェーレン]]によって[[1973年]]に提唱された。
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「[[赤の女王]]」とは[[ルイス・キャロル]]の小説『[[鏡の国のアリス]]』に登場する人物で、彼女が作中で発した「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない」という台詞から、種・[[個体]]・[[遺伝子]]が生き残るためには進化し続けなければならないことの比喩として用いられている。 |
「[[赤の女王]]」とは[[ルイス・キャロル]]の小説『[[鏡の国のアリス]]』に登場する人物で、彼女が作中で発した「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない」という台詞から、種・[[個体]]・[[遺伝子]]が生き残るためには進化し続けなければならないことの比喩として用いられている。 |
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== 軍拡競 |
== 軍拡競争 == |
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生物学的な過程と国家間の[[軍備拡張競争|軍拡競争]]の類似から着想された進化的な軍拡競 |
生物学的な過程と国家間の[[軍備拡張競争|軍拡競争]]の類似から着想された進化的な軍拡競争という表現は、[[リー・ヴァン・ヴェーレン]]によって初めて発表された︵1973年︶。ヴァン・ヴェーレンは[[生物の分類]]の単位である[[科]]の平均絶滅率を地質学的期間にわたって調査し、そこから得られた[[絶滅]]の法則︵1973年︶を説明するために赤の女王仮説を提案した。
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ヴァン・ヴェーレンは、科の生き残る可能性はその経過時間に関係なく、どんな科も絶滅する可能性はランダムであることを発見した。例えば、ある種における改善は、それがどのようなものであってもその種に対する有利な選択を導くので、時間経過に従ってますます多くの有利な適応を身に着けるようになる。それは、ある種における改善が、その種が多くの資源を獲得し、競争関係にある他種との生存競争での生き残りに、有利になることを示唆している。そして同時に、他種との競争で有利であり続けるための唯一の方法は、デザインの継続的な改善だけであることを示している︵Heylighen, 2000︶。
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ヴァン・ヴェーレンは、科の生き残る可能性はその経過時間に関係なく、どんな科も絶滅する可能性はランダムであることを発見した。例えば、ある種における改善は、それがどのようなものであってもその種に対する有利な選択を導くので、時間経過に従ってますます多くの有利な適応を身に着けるようになる。それは、ある種における改善が、その種が多くの資源を獲得し、競争関係にある他種との生存競争での生き残りに、有利になることを示唆している。そして同時に、他種との競争で有利であり続けるための唯一の方法は、デザインの継続的な改善だけであることを示している︵Heylighen, 2000︶。
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この効果のもっとも明白な一例は、[[捕食者]]と被食者の間の軍拡競 |
この効果のもっとも明白な一例は、[[捕食者]]と被食者の間の軍拡競争である︵例えばVermeij, 1987︶。捕食者はよりよい攻撃方法︵例えば、[[キツネ]]がより速く走る︶を開発することで、獲物をより多く獲得できる。同時に獲物はよりよい防御方法︵例えば、[[ウサギ]]が敏感な耳を持つ︶を開発することで、より生き残りやすくなる。生存競争に生き残るためには常に進化し続けることが必要であり、立ち止まるものは絶滅するという点で、赤の女王の台詞の通りなのである。
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==有性生殖は効率的か == |
==有性生殖は効率的か == |
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[[ウィリアム・ドナルド・ハミルトン|W.D.ハミルトン]]は1980年から90年にかけて、M・ズック、I・イーシェル、J・シーゲル、[[ロバート・アクセルロッド|R・アクセルロッド]]らと共に、遺伝的多様性が適応や進化の速度を向上させるという従来の説を[[群選択|種の利益論法]]だと批判し、多くの生物で遺伝的多型が保持されているのは多型を支持するような[[自然選択|選択圧]]が常に働いているためで、その選択圧をもたらす者は寄生者であると主張した。種やその他の集団レベルにおける進化を認めてきた古典的な理論とは対照的に、赤の女王効果は遺伝子レベルでの有性生殖の利点を説明することが可能である。 |
[[ウィリアム・ドナルド・ハミルトン|W.D.ハミルトン]]は1980年から90年にかけて、M・ズック、I・イーシェル、J・シーゲル、[[ロバート・アクセルロッド|R・アクセルロッド]]らと共に、遺伝的多様性が適応や進化の速度を向上させるという従来の説を[[群選択|種の利益論法]]だと批判し、多くの生物で遺伝的多型が保持されているのは多型を支持するような[[自然選択|選択圧]]が常に働いているためで、その選択圧をもたらす者は寄生者であると主張した。種やその他の集団レベルにおける進化を認めてきた古典的な理論とは対照的に、赤の女王効果は遺伝子レベルでの有性生殖の利点を説明することが可能である。 |
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サイエンスライターの[[マット・リドレー]]は、1995年の著書﹃赤の女王﹄の中で、[[有性生殖]]の適応的な利点についてのこれらの議論をまとめ、ヴァン・ヴェーレンから借用した﹁赤の女王﹂の名を当てた。有性生殖の有利さは、常に変化するような環境に棲む生物で発揮される。有性生殖する生物にそのような環境の変化をもたらす者は寄生者︵[[寄生虫]]、[[ウイルス]]、[[細菌]]など︶と考えられる。寄生者と[[宿主]]の間での恒常的な軍拡競 |
サイエンスライターの[[マット・リドレー]]は、1995年の著書﹃赤の女王﹄の中で、[[有性生殖]]の適応的な利点についてのこれらの議論をまとめ、ヴァン・ヴェーレンから借用した﹁赤の女王﹂の名を当てた。有性生殖の有利さは、常に変化するような環境に棲む生物で発揮される。有性生殖する生物にそのような環境の変化をもたらす者は寄生者︵[[寄生虫]]、[[ウイルス]]、[[細菌]]など︶と考えられる。寄生者と[[宿主]]の間での恒常的な軍拡競争において、この具体例が確認できる。一般に寄生者はその寿命の短さにより、より速く進化する。そのような寄生者の進化は、宿主に対する攻撃方法の多様化を招く︵つまり、宿主にとって環境が変化する︶。このような場合、有性生殖による[[組み替え]]で常に遺伝子を混ぜ合わせ続けることは、寄生者の大規模な侵略を止める効果を果たすと考えられる。[[ボトルネック効果]]などによって[[遺伝的多様性]]が失われた個体群は感染症に弱いことがわかっている。通常[[分裂]]︵無性生殖の一つ︶を行う生物︵[[ゾウリムシ]]や[[大腸菌]]など︶でも環境によっては[[接合]]︵有性生殖の一つ︶によって遺伝子を混ぜ合わせることは可能である。すなわち寄生者との間で周期的な軍拡競争を行っている生物では、性が寄生者に対する抵抗性を維持するための仕組みであると考えられる。赤の女王仮説は性の起源を説明する理論ではなく、性が維持されるメリットの一つを説明する理論である。
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== 関連項目 == |
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