「都城市民会館」の版間の差分
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市は閉館に先だって庁内に「市民会館管理運営対策プロジェクトチーム」を設置して検討した。プロジェクトチームは、「いまの年間維持費5千万円、年平均修繕費2千万以上が今後もかかる」と、「照明や遮音性の不足、電気施設の危険性、はがれ落ちる外壁対策など不備な点が多い」という問題点を指摘し、解体を提案した<ref>朝日新聞、2005年12月15日</ref>。その後市は、「市民会館存続問題市民懇話会」を設置し、2006年末に閉館後の施設の在り方について、市内15地区で市民との意見交換会を行った<ref>宮崎日日新聞、2006年11月01日</ref>。同年末には市民4000人を対象に、「存続する」「解体する」の二者択一でアンケートを行ったところ<ref>毎日新聞、2006年12月18日</ref>、解体が83%、存続が16%という結果になった<ref>朝日新聞、2007年02月06日</ref>。以上の結果を基礎に、長峰市長は2007年2月21日の市議会全員協議会に、解体する方針を報告した<ref>毎日新聞、2007年2月22日</ref>。これに対し、保存を求める署名活動やシンポジウムを行ってきた市民有志の「都城市民会館を守る会」は、「都城市民会館の再生利用を考える会」を発足させ、存続に向けた活動を始めたが<ref>宮崎日日新聞、2007年7月5日</ref>、市長は解体見直しや着工猶予の可能性を改めて否定し<ref>毎日新聞、2007年9月1日</ref>、2007年9月の都城市議会定例会では解体費に係る補正予算が可決された。 |
市は閉館に先だって庁内に「市民会館管理運営対策プロジェクトチーム」を設置して検討した。プロジェクトチームは、「いまの年間維持費5千万円、年平均修繕費2千万以上が今後もかかる」と、「照明や遮音性の不足、電気施設の危険性、はがれ落ちる外壁対策など不備な点が多い」という問題点を指摘し、解体を提案した<ref>朝日新聞、2005年12月15日</ref>。その後市は、「市民会館存続問題市民懇話会」を設置し、2006年末に閉館後の施設の在り方について、市内15地区で市民との意見交換会を行った<ref>宮崎日日新聞、2006年11月01日</ref>。同年末には市民4000人を対象に、「存続する」「解体する」の二者択一でアンケートを行ったところ<ref>毎日新聞、2006年12月18日</ref>、解体が83%、存続が16%という結果になった<ref>朝日新聞、2007年02月06日</ref>。以上の結果を基礎に、長峰市長は2007年2月21日の市議会全員協議会に、解体する方針を報告した<ref>毎日新聞、2007年2月22日</ref>。これに対し、保存を求める署名活動やシンポジウムを行ってきた市民有志の「都城市民会館を守る会」は、「都城市民会館の再生利用を考える会」を発足させ、存続に向けた活動を始めたが<ref>宮崎日日新聞、2007年7月5日</ref>、市長は解体見直しや着工猶予の可能性を改めて否定し<ref>毎日新聞、2007年9月1日</ref>、2007年9月の都城市議会定例会では解体費に係る補正予算が可決された。 |
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当時、市の誘致で[[宮崎産業経営大学]]都城キャンパス跡地への進出が決定していた[[南九州大学]]が、都城キャンパスの開設を準備していた。その学校法人南九州学園が、2007年10月29日に、都城市民会館を大学の講堂に活用したいとして、無償貸与を求める要望書を市に提出し、長峯市長も﹁前向きに検討する﹂と表明した<ref>毎日新聞、2007年10月30日</ref>。市議会で改めて議論が行われ、同年12月の定例会で南九州学園への20年間の無償貸与が可決され、その後、2029年3月31日までの使用貸借契約が締結された。当初は改修の上、サテライト教室などに使用される計画であったが、都城キャンパスの整備が優先されたため、当館は活用されることなく放置された。学園は市からの度重なる要請を受け、[[2011年]]には旧都城市民会館利用検討委員会を学内に設置して検討を重ねたものの、全面改修には多額の費用を要することが想定され活用の見通しは立たず、[[ |
当時、市の誘致で[[宮崎産業経営大学]]都城キャンパス跡地への進出が決定していた[[南九州大学]]が、都城キャンパスの開設を準備していた。その学校法人南九州学園が、2007年10月29日に、都城市民会館を大学の講堂に活用したいとして、無償貸与を求める要望書を市に提出し、長峯市長も﹁前向きに検討する﹂と表明した<ref>毎日新聞、2007年10月30日</ref>。市議会で改めて議論が行われ、同年12月の定例会で南九州学園への20年間の無償貸与が可決され、その後、2029年3月31日までの使用貸借契約が締結された。当初は改修の上、サテライト教室などに使用される計画であったが、都城キャンパスの整備が優先されたため、当館は活用されることなく放置された。学園は市からの度重なる要請を受け、[[2011年]]には旧都城市民会館利用検討委員会を学内に設置して検討を重ねたものの、全面改修には多額の費用を要することが想定され活用の見通しは立たず、[[2018年]]3月に市に対して旧市民会館の返還を申し入れた<ref>宮崎日日新聞、2018年03月14日</ref>。
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返還の申し入れに対して市は旧市民会館の今後の在り方として、2018年度に民間団体から財源の確保に目算のある保存活用案の公募を行い、[[日本建築学会]]からの提案も含めて市民アンケートを実施、保存活用案の審査および市民アンケートの結果を踏まえた市議会での議論により方針を決定する予定である。市単独での保存費用の負担が極めて困難であることから、実現可能な保存活用案がない場合は全面解体、模型・映像などでの記録保存となる。 |
返還の申し入れに対して市は旧市民会館の今後の在り方として、2018年度に民間団体から財源の確保に目算のある保存活用案の公募を行い、[[日本建築学会]]からの提案も含めて市民アンケートを実施、保存活用案の審査および市民アンケートの結果を踏まえた市議会での議論により方針を決定する予定である。市単独での保存費用の負担が極めて困難であることから、実現可能な保存活用案がない場合は全面解体、模型・映像などでの記録保存となる。 |
2019年1月1日 (火) 06:53時点における版
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都城市民会館 | |
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情報 | |
完成 | 1966年 |
開館 | 1966年4月1日 |
閉館 | 2007年3月 |
客席数 | 1407席 |
延床面積 | 3065.64m² |
用途 | 文化ホール |
運営 | 都城市 |
所在地 |
〒885-0075 宮崎県都城市八幡町3 |
位置 | 北緯31度43分15.6秒 東経131度3分32.6秒 / 北緯31.721000度 東経131.059056度座標: 北緯31度43分15.6秒 東経131度3分32.6秒 / 北緯31.721000度 東経131.059056度 |
概要
1966年に菊竹清訓の設計により完成。大ホールの座席数は約1400席で、都城市において各種のイベントの場として利用されていた。南側の低層部分に会議室などがあり、まだホテルが少なかった建設当初は、結婚式にもよく利用された。完成後まもなく大ホール屋根から雨漏りが発生し、物議を醸したが、補修工事によって一応止められている。その独特の形態も相まって、メタボリズム建築の代表作の一つとされ、2006年にはDOCOMOMO JAPAN選定 日本におけるモダン・ムーブメントの建築に選定されている。 1966年の開館から約40年にわたり、都城市の文化振興拠点として利用されていたが、2006年10月に後継施設となる都城市総合文化ホールが開館、施設・設備が老朽化した当館は用途廃止となり、2007年3月に閉館した。 市は閉館に先だって庁内に﹁市民会館管理運営対策プロジェクトチーム﹂を設置して検討した。プロジェクトチームは、﹁いまの年間維持費5千万円、年平均修繕費2千万以上が今後もかかる﹂と、﹁照明や遮音性の不足、電気施設の危険性、はがれ落ちる外壁対策など不備な点が多い﹂という問題点を指摘し、解体を提案した[1]。その後市は、﹁市民会館存続問題市民懇話会﹂を設置し、2006年末に閉館後の施設の在り方について、市内15地区で市民との意見交換会を行った[2]。同年末には市民4000人を対象に、﹁存続する﹂﹁解体する﹂の二者択一でアンケートを行ったところ[3]、解体が83%、存続が16%という結果になった[4]。以上の結果を基礎に、長峰市長は2007年2月21日の市議会全員協議会に、解体する方針を報告した[5]。これに対し、保存を求める署名活動やシンポジウムを行ってきた市民有志の﹁都城市民会館を守る会﹂は、﹁都城市民会館の再生利用を考える会﹂を発足させ、存続に向けた活動を始めたが[6]、市長は解体見直しや着工猶予の可能性を改めて否定し[7]、2007年9月の都城市議会定例会では解体費に係る補正予算が可決された。 当時、市の誘致で宮崎産業経営大学都城キャンパス跡地への進出が決定していた南九州大学が、都城キャンパスの開設を準備していた。その学校法人南九州学園が、2007年10月29日に、都城市民会館を大学の講堂に活用したいとして、無償貸与を求める要望書を市に提出し、長峯市長も﹁前向きに検討する﹂と表明した[8]。市議会で改めて議論が行われ、同年12月の定例会で南九州学園への20年間の無償貸与が可決され、その後、2029年3月31日までの使用貸借契約が締結された。当初は改修の上、サテライト教室などに使用される計画であったが、都城キャンパスの整備が優先されたため、当館は活用されることなく放置された。学園は市からの度重なる要請を受け、2011年には旧都城市民会館利用検討委員会を学内に設置して検討を重ねたものの、全面改修には多額の費用を要することが想定され活用の見通しは立たず、2018年3月に市に対して旧市民会館の返還を申し入れた[9]。 返還の申し入れに対して市は旧市民会館の今後の在り方として、2018年度に民間団体から財源の確保に目算のある保存活用案の公募を行い、日本建築学会からの提案も含めて市民アンケートを実施、保存活用案の審査および市民アンケートの結果を踏まえた市議会での議論により方針を決定する予定である。市単独での保存費用の負担が極めて困難であることから、実現可能な保存活用案がない場合は全面解体、模型・映像などでの記録保存となる。脚注
関連項目
- 南九州大学
- 南九州短期大学
- 都城市総合文化ホール(同ホールの後継ホール)