嗜癖
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嗜癖と依存の用語集[1][2][3][4][5] |
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●嗜癖(アディクション) – 有害な結果にもかかわらず、報酬刺激に対しての強迫的関与を特徴とする脳障害。1950年代に世界保健機関WHOにより依存症のような意味で定義されたが、異なる意味である乱用の意味でも用いられるため、WHOの専門用語から除外した。2013年のDSM-5において大分類名に登場し、その下位にDSM-IVの依存症と乱用が統合された物質使用障害がある
●嗜癖性薬物 – 報酬と強化をもたらす薬物
●物質使用障害 - 物質使用が臨床的・機能的に重大な障害または苦痛をもたらす状態
●依存症(Dependence) – 反復暴露している刺激の中止時に、離脱を引き起こすような適応状態
●乱用(Abuse) – 依存の状態を満たさないが繰り返して薬物による問題を起こす状態
●習慣(Habit) - WHOは摂取量が増えず身体依存もない状態と定義し[6]、その後破棄した[7]。日本の薬事法において身体依存のある薬物も含めて分類している。
●中毒 - 日本で過去に依存症のような意味で使われたが、現行の医学的には大量摂取などで毒性が生じている状態
●離脱 –反復使用している薬物の中断時に起こる症状
●身体的依存 – 身体的・心身的症状が持続して発生する依存状態
●精神的依存 – 感情的・動機的な離脱症状が発生する依存状態
●強化刺激 – 対象行動を繰り返す確率を高める刺激
●報酬刺激 – 本質的に脳がポジティブまたは取り入れるべきと解釈する刺激
●耐性 – 与えられた用量での反復投与に起因する、薬物効果の減少
●逆耐性,感作 – 薬剤の反復投与によって、その効用が漸増していくこと
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嗜癖︵しへき、英: addiction、アディクション︶とは、ある特定の物質や行動、人間関係を特に好む性向である。
薬物嗜癖︵drug addiction︶の用語は、異なる概念である薬物依存症と薬物乱用の定義との誤用があるため世界保健機関の専門用語から除外された[8]。薬物に対する嗜癖の用語は、一般的には広く用いられている[8]。日本の法律的な文脈では中毒という邦訳もあるが、医学的に薬物中毒とは、嗜癖ではなく過剰摂取などによって有害作用が生じている状態である[9]。さらなる詳細は、以下の定義節を参照のこと。
薬物関連のこの用語の定義と歴史
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トランキライザーなどの乱用が問題となった1950年代には、世界保健機関のAddiction-Producing Drugsに関する専門委員会が、以下のように定義した[6]。
●Addiction-producing‥非常に強い渇望があり、用量は増える傾向にあり、精神依存と身体依存とがある。
●Habit-formaing‥用量は増えないか微増であり、身体依存が欠如しており、禁断症状がない。
当時の日本では、このAddiction-Producing Drugsが、耽溺性薬物などと翻訳されている[10]。薬物嗜癖︵drug addiction︶、薬物習慣性︵drug habituation︶としている重要語事典もある[11]。日本では睡眠薬の乱用が問題となったため、1961年に習慣性医薬品を指定し、処方箋を必要とする措置をとった[10]。
1960年代に嗜癖︵Addiction︶と習慣︵Habit︶の2つの用語は破棄され、依存︵Dependence︶の用語に変わった[12]。世界保健機関の専門委員会は、薬物依存に関する専門委員会︵WHO Expert Committee on Drug Dependence︶と変名される。
1975年時点で、日本の医薬品には﹁習慣性あり﹂の表示が残されているが、アメリカではそうした表示は過去のことであり、ここ10年で国内外で習慣性という語は見られなくなったとしている[13]。また、依存の語は広く普及し、嗜癖の語はいまだ散見されるとしている[13]。
アメリカ精神医学会︵APA︶による﹃精神障害の診断と統計マニュアル第4版﹄︵DSM-IV︶では、身体依存や使用量増加の診断基準は薬物依存症︵Drug Dependence︶の診断基準に含まれる。
しかし2011年の﹃グッドマン・ギルマン薬理書﹄第12版においては、1987年にアメリカ精神医学会が、使用を制御できない状態に対し依存︵dependence︶の語を使ったが、依存とは本来は離脱症状を呈する状態であり混乱が生じたとしている[14]。当時は嗜癖︵addiction︶の語が軽蔑語であったので避けるべきであったが、次のDSM-5ではこの混乱が正されるであろうと記している[14]。
DSM-5では、物質関連障害および嗜癖性障害群︵Substance Related and Addictive Disorders︶の分類名が登場した[15]。DSM-5においては薬物乱用と薬物依存症を統合したが、DSM-IVの編集委員長であるアレン・フランセスはこれを批判しており、嗜癖︵addicion︶の語による常用者のようなレッテルは、より単発的な乱用によって問題が生じた人々にとっては不利益を被りかねないスティグマ︵烙印︶であり、臨床においても乱用と依存の区別は対応の上で有益であるとして、これを区別している世界保健機関によるICDの診断コードを用いるべきだとしている[16]。
アメリカにおける薬物関連障害の報告などでは、薬物依存と薬物乱用の両方を含める形で、薬物嗜癖︵Drug Addiction︶の用語を使用すると定義している[17]。
どのような意図で用いられているか文脈によって判断することが必要である。
国際条約である1961年の麻薬に関する単一条約の邦訳文で、addctionを中毒と訳している[18]。日本の麻薬及び向精神薬取締法でも依存を生じた状態を中毒としているが、この日本の法律上の訳は﹁医学的な中毒の意味と異なり﹂、医学的に薬物中毒とは、過剰摂取などによって有害作用が生じている状態である[9]。1975年時点で、柳田知司は依存症の意味での中毒の語は破棄して、依存症の語の使用を提案している[13]。
分類
[編集]嗜癖は、その対象によって以下のように分類できる。
物質嗜癖
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特定の物質の摂取に関する嗜癖。酒、タバコ、乱用薬物に該当する種類の向精神薬が対象になりやすい。アルコールなら、ダメだとわかっていても朝から酒を飲まずにおれず、酒しか楽しみがなく、肝臓が悪くなっても酒をやめない、など。離脱症状が伴えば薬物依存症、伴わなければ薬物乱用の状態である。
行動嗜癖
[編集]詳細は「行動嗜癖」を参照
特定の行動過程に執着する嗜癖。その行動を抑えがたい欲求や衝動があり、他の娯楽を無視し、有害事象が起きてもその行動をやめない。パチンコなどのギャンブル、ショッピング、日常的暴力、性行為などが対象となる。﹁好きだから行う﹂という点において、強迫性障害において不快を避けるために行う強迫行為とは区別される。ギャンブル嗜癖では、ギャンブルをやめようと思った時点ではすでに借金を負っていることも多く、このため負けた金銭を取り返せるまでやめられず結果として更に借金が膨らむ強迫化が起こりえる。
クロス・アディクション
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複数の対象を持つ嗜癖。嗜癖は対象が異っても、同じ空虚感から同じようなメカニズムで発症しているので、同時に2つ以上の嗜癖が合併することがある︵酒とギャンブル、薬物と性行為など︶。反社会性の強い対象へ移行しつつ︵アルコール→ギャンブル→薬物︶嗜癖が続くことも多い。
要因
[編集]環境要因
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米国では8年でコカイン乱用者が8倍に増える時期があった。ベトナム戦争に行った米兵の約3割が麻薬嗜癖であったが、帰国後はその多くが乱用をやめている。これらの事実から、嗜癖には環境要因が大きくかかわっていると推測されている。
性格
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性格は、薬物乱用の最も重要な成因とされる。意志薄弱、依存的、未熟性、逃避的、自信欠乏、情緒不安定、自己中心的、顕示的など。日本で治療を受けている大麻嗜癖者では、性格検査で気軽な衝動性、被支配性が高いプロフィールを持った者が多く、鎮痛薬嗜癖者は抑うつ、神経質、短気であるという報告がある[要出典]。
脚注
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(一)^ “Chapter 15: Reinforcement and Addictive Disorders”. Molecular Neuropharmacology: A Foundation for Clinical Neuroscience (2nd ed.). New York: McGraw-Hill Medical. (2009). pp. 364–375. ISBN 9780071481274
(二)^ Nestler EJ (December 2013). “Cellular basis of memory for addiction”. Dialogues Clin. Neurosci. 15 (4): 431–443. PMC 3898681. PMID 24459410.
(三)^ “Glossary of Terms”. Mount Sinai School of Medicine. Department of Neuroscience. 2015年2月9日閲覧。
(四)^ “Neurobiologic Advances from the Brain Disease Model of Addiction”. N. Engl. J. Med. 374 (4): 363–371. (January 2016). doi:10.1056/NEJMra1511480. PMID 26816013.
(五)^ 中村春香、成田健一﹁嗜癖とは何か-その現代的意義を歴史的経緯から探る﹂﹃人文論究﹄第60巻第4号、2011年2月、37-54頁、NAID 120003802584。
(六)^ ab世界保健機関 (1957). WHO Expert Committee on Addiction-Producing Drugs - Seventh Report / WHO Technical Report Series 116 (pdf) (Report). World Health Organization. pp. 9–10.
(七)^ 世界保健機関 (1994) (pdf). Lexicon of alchol and drug term. World Health Organization. pp. 6. ISBN 92-4-154468-6 ︵HTML版 introductionが省略されている︶
(八)^ ab世界保健機関 2003, p. 22.
(九)^ ab(編集)日本緩和医療学会、緩和医療ガイドライン作成委員会﹁薬理学的知識﹂﹃がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン﹄︵第1版;2010年︶金原出版、2010年6月20日。ISBN 978-4-307-10149-3。
(十)^ ab松枝亜希子﹁トランキライザーの流行―市販向精神薬の規制の論拠と経過﹂︵pdf︶﹃Core Ethics﹄第6巻、2010年、385-399頁。
(11)^ 保崎秀夫︵編集︶、武正健一︵編集︶﹃医師国家試験のための精神科重要用語事典﹄金原出版、1982年。ISBN 4-307-15004-X。
(12)^ 世界保健機関 (1994) (pdf). Lexicon of alchol and drug term. World Health Organization. pp. 6. ISBN 92-4-154468-6 ︵HTML版 introductionが省略されている︶
(13)^ abc柳田知司 1975.
(14)^ abLaurence Brunton(編集), Bjorn Knollman(編集), Bruce Chabner(編集)﹃グッドマン・ギルマン薬理書︿上﹀薬物治療の基礎と臨床﹄廣川書店、2013年、840頁。ISBN 978-4567498005。、Goodman & Gilman's The Pharmacological Basis of Therapeutics, 12e, 2011
(15)^ アメリカ精神医学会﹃DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル﹄日本精神神経学会日本語版用語監修・高橋三郎・大野裕監訳・染矢俊幸・神庭重信・尾崎紀夫・三村將・村井俊哉訳、医学書院、2014年6月30日。ISBN 978-4260019071。
(16)^ アレン・フランセス、大野裕︵翻訳︶、中川敦夫︵翻訳︶、柳沢圭子︵翻訳︶﹃精神疾患診断のエッセンス―DSM-5の上手な使い方﹄金剛出版、2014年3月、138-140頁。ISBN 978-4772413527。、Essentials of Psychiatric Diagnosis, Revised Edition: Responding to the Challenge of DSM-5®, The Guilford Press, 2013.
(17)^ Addiction Medicine: Closing the Gap between Science and Practice. The National Center on Addiction and Substance Abuse at Columbia. (2012-06)
(18)^ 麻薬に関する単一条約 英日対訳文 1約2 約3︶︵外務省︶
参考文献
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●世界保健機関 (2003年). WHO EXPERT COMMITTEE ON DRUG DEPENDENCE - Thirty-third Report / WHO Technical Report Series 915 (PDF) (Report). World Health Organization. p. 22.
●柳田知司﹁薬物依存関係用語の問題点﹂︵pdf︶﹃臨床薬理﹄第6巻第4号、1975年、347-350頁、doi:10.3999/jscpt.6.347、NAID 130002041760。
関連項目
[編集]外部リンク
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●行動嗜癖 - 脳科学辞典
●中村春香、成田健一﹁嗜癖とは何か-その現代的意義を歴史的経緯から探る﹂﹃人文論究﹄第60巻第4号、2011年2月、37-54頁、NAID 120003802584。
●AKK:アディクション問題を考える会 - 薬物、過食、ギャンブルなど