ノート:長岡半太郎
Loniceraさんのご指摘について[編集]
Loniceraさんから、[1]で﹁︵長岡半太郎は︶日本の物理学界の重鎮として君臨﹂という記述が、(1)出典が不明、(2)表現が誇大、また、(3)﹁日本人初のノーベル賞受賞が期待された﹂という記述が﹁誰が受賞を期待したのですか?﹂﹁出典が不明﹂というコメントとご指摘を受けたので回答します。
(1)については、重鎮という表現が長岡半太郎に対してWikipedia外でも広くされていること︵例:[2]、[3]、[4]、[5] )
、経歴節にも記述しているように有名大学の学長や貴族院議員などの要職を歴任して文化勲章も受章していることなどから、出典がない記述とはいえないはずです。
(2)について、﹁重鎮﹂は、上記のように長岡半太郎に対して﹁重鎮﹂という表現が多数使われていること、また﹁一方のかしら。ある方面で重きをなす人物﹂︵広辞苑︶という﹁定義﹂にもあてはまることから、誇大な表現ではないと考えます。﹁君臨﹂︵広辞苑﹁強大なものが他を押さえて絶対的権威をふるうこと﹂︶は、長岡半太郎に大きな学問的権威があったことを考えれば許容できる表現だと考えます。
ちなみに、ご指摘の部分は、Wikipedia:スタイルマニュアル (導入部)に記述してある﹁概要がまとめてあることが望ましい﹂を実現するため、既存の記述︵﹁経歴﹂節︶の要約として記載したものです。そのため、指摘をするのであれば﹁経歴﹂節にすべきだと考えます。
(3)について、﹁誰が受賞を期待したのですか?﹂というコメントと﹁要出典﹂の関係が理解できません。前者のコメントだけならば、﹁長岡の業績を知る人々が受賞を期待した。なお、このことは文脈から自明でありわざわざ記載の必要はないと考えます﹂という回答になります。しかし、﹁要出典﹂と言われるとどうすればよいのかよくわからないです。
なお、この記述に対する反論が1週間なかった場合は、要出典や大言壮語のタグは除去します。j8takagi 2008年5月19日 (月) 13:23 (UTC)
科学者にとって長岡先生が﹁重鎮﹂であるというのは自然な感覚であることは分かりますが、やはりウィキペディア上の表現としてはまずかろうと思います。刊行された伝記や学会の追悼文であるとか、出典つきで出せる表現に換えるのが望ましいでしょう。(3) については科学者たるもの多かれ少なかれノーベル賞の受賞は期待されるものですから、自明性をもとにすれば記載するほどの特筆性のない記述ということになるでしょう。そこは j8takagi さんのおっしゃる通りで除去でよろしいかと。有力な候補者であったことが出典付きで示せれば特筆性がでるのでしょうけれど。--Su-no-G 2008年5月27日 (火) 03:03 (UTC)
アホな書き方をしてしまいました。私の上の (3) に対するコメントの﹁除去﹂とは、﹁日本人初の~﹂の文章ごとの除去のつもりでした。要出典テンプレートだけの除去ととれるような書き方をしてしまいました。すみません。さらに j8takagi さんが﹁記載の必要がない﹂と仰せなのは文章ではなく、﹁出典﹂or﹁誰﹂なのでしょうか。そうでしたら私の読み間違いです。てっきり、文章を記載する必要がない、と仰せなのだと思い、それで﹁j8takagi さんのおっしゃる通り﹂としてしまいました。重ね重ね失礼をば。--Su-no-G 2008年5月27日 (火) 03:55 (UTC)
◆3つについてコメントを。今の状態のまま、要出典や大言壮語を除去することには反対します。
(1)と(2)についてですが、きっと出典とともにかけると思います。そして、出典は私は閲覧者のために付与するものであると考えているため、ノートに出典を出してもダメだと思っています。ノートまで読む閲覧者はそんなに期待できないですからね。なぜ、閲覧者のために出典を出すのかはWikipedia:検証可能性などを考えれば自ずとでてくると思います。まあ、閲覧者のためにも出すってのはWikipedia:検証可能性にそのままかかていますけど。で、その出典によって記述はかわるとは思います。あと、出典がないとWikipedia:大言壮語をしないに該当してしまうことは仕方ないと思います。ということで、適切な出典を基に記載していただけないでしょうか。
(3)については、きっと{{誰}}の方が適切なんでしょうね。{{要出典}}よりも。自明性を根拠として、出典なしに記述することは、Wikipedia:検証可能性などを踏まえるとちょっと無理なんじゃないかな、と思います。事実か否かではなく検証可能性を必要としているウィキペディア日本語版なのですから。長岡半太郎氏ならばきっと検証可能な信頼できる情報源に記載されていると思います。それがでてくるまで一旦その記述を除去しておくか、要出典のままにしておくのが穏当ではないでしょうか。--iwaim 2008年5月27日 (火) 03:42 (UTC)
んー、まずiwaimさんの意見に対してですが、二点ほどコメントしておきます。
●﹁ノートに出典を出してもダメ﹂という考えに対して、それがもし原理主義的な立場からの主張であれば、私は明確に反対の立場を取ります︵つーか、ノート:腸炎ビブリオとかでいろいろやってる関係上、受けて立たないわけにはいかん立場なのです ^^; どちらの立場にも一長一短あるんですけどね︶。類似の議論が、Wikipedia‐ノート:検証可能性/﹁出典不明示は削除﹂は万能な規定ではないことの確認をはじめ、Wikipedia‐ノート:検証可能性などで、何度か繰り返し議論されております︵過去ログを参照ください︶。何分、長大な議論なので、全部読めとはとても言えませんが、時間のあるときにでも一読しておいていただければと思います。まぁその際、全体にかかる議論になるのであれば、向こう︵検証可能性のノート︶でやりましょう。ただし、﹁この記事ではinline references形式でやる方が、私が執筆する上でやりやすい﹂ということであれば、それはこの記事のリファレンススタイルの問題ということで、この記事のノートの議論だけで結着できると思います。
●今回のケースに関して言えば、状況証拠的に︵Web上に類似記述があり、書誌などが多く存在することが予想されるメインカルチャー系の項目であることなど︶﹁検証可能性を満たす︵=典拠が﹁提示﹂できる︶﹂可能性は高いと考えます。このようなケースに対して採るべき妥当な対処は﹁要出典タグの貼付け﹂であって、﹁一旦、記述を除去する﹂は妥当な対処ではないと考えます︵これも検証可能性のノートで、私自身何度か主張した覚えがあります︶。実際にそういう対処をする人もいるけど、非常に危なっかしいというか、対処のさじ加減を間違うと、すぐに不要なトラブルの元になるし、トラブルの際に周囲からのフォローも期待しにくくなりますので。大事なのは、あくまで﹁その記事を﹃完成﹄させる方向に一歩でも近づいてるのかどうか﹂ということで。﹁記述の除去﹂は、典拠が出てくる可能性が極めて低い︵でまかせ・デタラメな内容である可能性が極めて大きい︶ときなど、﹁将来、この記事の﹃完成形﹄からは排除されているべき記述﹂に対して行われるべき対処です。将来、その記事が完成したときに﹁出典付きで書かれていることが望ましい﹂と、︵あなたや私がそれぞれ︶判断した記述については、あくまで﹁要出典﹂で対処すべき、ということで。
まぁ正直言うと、今回のケース、そもそもの要出典の指摘がちょいと﹃筋が悪い﹄というか、どこかピント外れだよなぁ、というのが率直な感想だったりするんですけどね……まぁ多少筋の悪い指摘にもきちんと応対しないといけない、というのがウィキペディアのやり方なわけなんですけど。
例えば﹁重鎮として君臨﹂について言えば、﹁重鎮﹂は︵冒頭で簡潔にまとめるための︶文章表現としては許容範囲、﹁君臨﹂についてはPOVの印象を生みやすい表現なのでぎりぎり許容範囲かどうか︵君臨だけだとPOVっぽいけど、重鎮とセットだと一つの成語とも言えるし…︶という辺りだと思います。でもまぁどちらにせよ、﹁推敲して対処﹂するのが第一選択でしょう。文章力があればできる、専門知識はいらない作業にあたるので、自分で文面考えて落としどころになりそうな文章に書き換えられれば済んだ話だと思うんですね。ところが、それを要出典という方向に持っていっちゃったものだから、﹁出典提示か除去か﹂の二択というピントのずれる方向に議論が流れていってしまってるわけでして……そりゃはじめっからピントがずれてるんだから、それに対する反論もピントがずれるし、さらにその再反論もピントがずれるのは当たり前なわけで。j8takagiさんも指摘してますけど﹁そこはツッコむポイントは違うやろ﹂と……。そんなごたごたを引き起こすような指摘をしてるヒマがあったら、﹁経歴﹂などの部分に出典を求めなくちゃ、と。
とりあえず﹁外部リンク﹂という形で提示されているうちiwate.jpのものは、ある程度﹁信頼できる情報源﹂と見なせるんじゃないかと思います︵残り一つはリンク切れ、残り一つは企業のサイト内の文書のようなので本項目に対する専門性からはやや劣るかと︶、それを総合的な参考文献(general references)として挙げ直すのも一つのやり方ですが、Su-no-Gさんが述べておられるように、伝記や学会誌の追悼文など書誌文献からのものを探すことが、この記事にとってとても有用だろうと考えます。とりあえずは︵inline references形式でなくとも︶general references形式でいいので、それらを補完するべきかと。--Y tambe 2008年5月28日 (水) 08:53 (UTC)
◆板倉聖宣﹃長岡半太郎﹄︵朝日新聞社、1976︶という伝記本を近所の図書館で借りられたので、この本を元に記事を修正しようと思います。その過程で、要出典などのご指摘を受けた部分も修正します。要出典の指摘方法や﹁出典をノートにだけ記述することの是非﹂についてはいずれ議論する必要があるでしょう。しかし、今回のケースに限っていえば、上記の書籍を元に記事を修正すれば問題はなくなると考えます。j8takagi 2008年5月28日 (水) 10:48 (UTC)
よろしくお願いします。--iwaim 2008年5月29日 (木) 14:05 (UTC)
了解しました。出典の検証の件、よろしくお願いします。--Y tambe 2008年5月29日 (木) 14:36 (UTC)
◆私は、この件はinline references形式かgeneral references形式かという話ではなく、出典はノートにではなく記事に付与する必要があるのか、ノートに出典を記載しても妥当なのかという話だと思っています。また、出典がない箇所は編集除去で対処するのか、要出典テンプレートを付与するのかについては個々のケースで判断すべきことだと思っています。ただ、j8takagiさんの先の提案のように要出典テンプレートの除去だけを行うのは問題だろうな、と考えています。
そういう考えの元での発言なのでなんかちょっとかみ合ってないのかな?と思いはしましたが、時間があるときにでもご提示いただいたものは読んでみようと思います。せっかくなので。--iwaim 2008年5月29日 (木) 14:05 (UTC)
コメントどうもです。改めて自分のコメントを読み返してみて、途中の過程を端折っちゃってて論理が飛躍してたな、と反省してます︵他人のことを指摘しておきながら、自分のコメントがピント外れだったという…︶。一応、私の考えてる範囲では両者につながりはないわけではないという部分はあるのですが、それはまた別の機会にでも、ということで。ただ、上記で紹介した﹁出典不明示は…﹂のところは、割と直接に関連してくるところだというのは︵多分︶外れてないと思いますので、参考になりましたら。--Y tambe 2008年5月29日 (木) 14:36 (UTC)
◆お邪魔します。私はこの件は﹁日本の物理学界の重鎮として君臨﹂という表現が百科事典の文章の修辞法として適当かどうかという問題であって、この部分に出典が必要かというのは本質でないと思うんですよね。この間もZARDの冒頭の﹁平成期の日本のポピュラー音楽を代表する人気グループの一つに数えられる﹂という文章に{{要出典範囲}}を貼り付けた人がいるんですけど︵その後一応言葉を補っておきました︶、こういうタグの使い方ってどうなんだろう、と思ってしまいます。冒頭定義文というのはその後の本文の要約なので、そこで詳しく説明してあればこういう冒頭の表現に出典を記す必要はないと思うんですけどね。一般論として出典は記事本文に明記するべきでしょうけと、﹁重鎮﹂という表現を用いた根拠としてならノートに書いておけば十分な気がします。--sergei 2008年5月29日 (木) 15:34 (UTC)
◆出典が本質ではない、という点には同意します。ただし問題の本質は、﹁修辞法﹂よりもう1歩掘り下げた、﹁Wikipediaにはなるべく事実を書け﹂というところにあるのかな、と思っています。
人物の業績を簡潔に記述するには、﹁重鎮として君臨﹂や﹁平成期の日本のポピュラー音楽を代表する人気グループの一つ﹂のようなキャッチフレーズ的表現は便利です。しかし、こうした表現は百科事典的ではなく、冒頭部であってもより具体的な内容を記述すべきだというのが今回の指摘の真意だと考えなおしています。
﹁百科事典的ではない﹂というのも、百科事典の理想が人によって違うことを考えるとやや曖昧な指摘だと最初は考えました。しかし、今回のようなキャッチフレーズ的表現は、事実の記述とは違うものになってしまいます。そうした点から、やはり今回のような表現はできるだけ避けるべきでした。大言壮語をしないについても、ガイドラインの内容は﹁できるだけ事実を書け﹂ということなのだと思います。
ただし、﹁要出典﹂という指摘には依然として違和感があります。編集者としては、この表現の根拠は本文にあるはずだという気持ちになるからです。また、﹁出典なき記述は除去﹂の根拠となっているのは、出典のない記述では中立的な観点や独自研究は載せないの点から問題になることが多いから、と私は理解しています。今回の案件では、そうした点での問題もないはずなのに、という気もしています。
できるだけ事実を書くということは、﹁出典の明記﹂よりも先に考えるべきことです。そう考えると、﹁大言壮語をしない﹂やWikipedia:言葉を濁さないは、﹁出典の明記﹂よりも先に指摘・議論することなのでしょう。またこの2つのガイドラインも、検証可能性を支える重要な文書であると考えるべきかもしれません。今回のようなケースでは、指摘者は﹁大言壮語﹂や﹁言葉を濁さない﹂について言及し︵出典についてはあとから︶、指摘された者はそうした指摘に誠実に対応する、というのが理想だと思います。j8takagi 2008年6月9日 (月) 15:18 (UTC)
私は﹁重鎮﹂みたいなキャッチコピー的な表現は割りと鷹揚に使ってしまう方なので、長岡半太郎なら﹁重鎮として君臨﹂でもいいじゃないかという思いがあったのですが︵それなりの典拠も示されましたし︶、淡々と事実に即して記述するのが望ましいと考える人も多いということは心に留めておくべきなのかも知れませんね。ただ﹁要出典﹂という指摘への違和感については全く同感です。出典要求がまるで執筆者への攻撃を意図しているかのように行われるケースもあり、要出典タグの使い方に何らかのガイドラインがあった方がいいのではないか、という気はしています。--sergei 2008年6月9日 (月) 16:28 (UTC)
﹁日本の物理学界の重鎮として君臨﹂という記述が﹁出典が不明﹂、﹁表現が誇大﹂とのことですが、出典なら佐藤朝泰著﹃門閥 - 旧華族階層の復権﹄︵立風書房、1987年3月︶があります。この本は現代の日本で隠然たる影響力を発揮する名門47家系を紹介しておりますが、この本の第7章に箕作・菊池家が紹介されております。箕作・菊池家の記述中に﹁長岡半太郎、菊池正士、我が国を代表する戦前と戦後の代表的物理学者が共に箕作一族なのである﹂という一文があります。﹃門閥 - 旧華族階層の復権﹄がWikipedia:検証可能性にある﹁信頼できる情報源﹂に該当していれば、長岡半太郎先生は戦前の日本の代表的物理学者ということになり︵上記の引用文を出典とすれば、戦後の日本の代表的物理学者は菊池正士先生ということになります︶、﹁日本の物理学界の重鎮として君臨﹂という記述はLoniceraさんの指摘のうち﹁出典が不明﹂及び﹁表現が誇大﹂という2点については問題ないと私は考えます。--Ichiroh Satoh 2008年8月18日 (月) 13:04 (UTC)
- そのような場合を記事本文に反映させるときは、「佐藤朝泰はその著書<ref>門閥 - 旧華族階層の復権</ref>にて『代表的物理学者』と記している」というように、情報源に沿ったかたちで記してください。ただ、長岡先生の伝記や学会による追悼文など、物理学の分野での業績を正しく評価できる著者によって書かれた情報源がより相応しいとは思います。--Su-no-G 2008年8月18日 (月) 16:49 (UTC)
長岡係数[編集]
- 有限長ソレノイドのインダクタンスに関して長岡係数が知られておりますが、いつ頃に発表された研究なのでしょうか。--219.121.36.144 2009年7月16日 (木) 19:15 (UTC)
土星型原子モデルの図の変更提案[編集]
土星型原子モデルの提唱の節に掲載されている図は、正確には土星型原子モデルの図でありません。
原子核の周りを離れて電子が回っているというイメージは伝わりますが、誤解を生むものだと思います。
このサイトにあるような図を記載した方が、より記事の内容にそぐうと思います。--Monbat 2010年11月1日 (月) 07:42 (UTC)
ラザフォード散乱について[編集]
実際に実験を行ったのはラザフォードではなく彼の弟子であったハンス・ガイガーとアーネスト・マースデンで「ガイガー・マースデンの実験」と呼ばれています。--DOZEN0 2011年2月6日 (日) 09:33 (UTC)