井上就勝
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井上就勝 | |
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時代 | 江戸時代 |
生誕 | 慶長13年(1608年) |
死没 | 寛永16年7月4日(1639年8月3日) |
別名 | 通称:清左衛門尉 |
主君 | 毛利秀就 |
藩 | 長州藩 |
氏族 | 清和源氏頼季流安芸井上氏 |
父母 | 父:井上景家 |
兄弟 | 元宅、就貞、就通、就勝 |
子 | 就貞 |
井上 就勝︵いのうえ なりかつ︶は、江戸時代初期の武士。毛利氏の家臣で長州藩士。父は井上景家。知行は200石。
生涯[編集]
慶長13年︵1608年︶、毛利氏家臣・井上景家の四男として生まれ、毛利秀就に仕える。 寛永6年︵1629年︶11月21日に父の知行500石の内、100石を分与されることが認められていたが、寛永9年︵1632年︶に死去した景家の遺言では就勝には200石が与えられることとなり、寛永14年︵1637年︶3月3日には秀就からも200石の相続を認められた。 寛永16年︵1639年︶7月4日に死去。享年32。子の就貞が跡を継いだ。参考文献[編集]
- 『萩藩閥閲録』巻106「井上八兵衛」