宮本悦子 (陸上選手)
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選手情報 | ||||
国籍 | 日本 | |||
競技 | 短距離走 | |||
大学 | 中京大学[1] | |||
生年月日 | 1943年8月23日(80歳) | |||
自己ベスト | ||||
100m | 11秒8(1964年)[2] | |||
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宮本 悦子︵みやもと えつこ、1943年8月23日[2] - ︶は、日本の陸上競技︵短距離走︶選手。1964年東京オリンピックで女子400メートルリレー走に出場した。
経歴[編集]
出身高校は西遠女子学園高等学校︵静岡県浜松市︶[3]。同校は﹁陸上の西遠﹂の名で呼ばれた陸上競技の強豪校であった[3][4]。1961年のインターハイでは、100m走と200m走で優勝した[4]。 中京大学に進学。1964年5月10日の神奈川県選手権大会の100m走で11秒8︵手動計時︶を記録[5]、これは当時の日本学生記録であり[6][注釈 1]、また生涯ベストタイムとなっている[2]。1964年7月の日本陸上競技選手権大会では100m走で優勝[7]。同年10月に開催された1964年東京オリンピックでは、400mリレー︵井口任子・江副令子・宮本悦子・依田郁子︶の第三走者を務めたが[8]、予選突破はかなわなかった。1965年には中京大学陸上部の女子主将も務めている[9]。脚注[編集]
注釈[編集]
出典[編集]
(一)^ 中澤篤史 2010, p. 44.
(二)^ abc“Etsuke Miyamoto Olympic Results”. Sports Reference LLC. 2020年4月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年3月18日閲覧。
(三)^ ab“第四項 高校教育の発展>全国に誇るクラブ活動”. 浜松市史 四︵ADEAC所収︶. 2021年4月26日閲覧。
(四)^ ab﹁高校・大学周年特集 西遠女子学園100周年>生徒の活躍︵4︶ 陸上競技部﹂﹃中日新聞﹄、2006年7月21日。2021年4月26日閲覧。
(五)^ “中京大学歴代20傑︵女子トラック︶”. 中京大学陸上競技部. 2021年4月29日閲覧。
(六)^ ab“日本学生記録の変遷”. 日本学生陸上競技連合. 2021年4月29日閲覧。
(七)^ “過去の優勝者・記録 女子100m”. 日本陸上競技連盟. 2021年4月26日閲覧。
(八)^ ﹁︵五輪をめぐる︶64年のレガシー‥3 娘も五輪、﹁一人では強くなれない﹂﹂﹃朝日新聞﹄、2019年3月28日。2021年4月26日閲覧。
(九)^ “中京大学陸上競技部歴代主将・主務”. 中京大学陸上競技部. 2021年4月26日閲覧。
参考文献[編集]
- 中澤篤史「オリンピック日本代表選手団における学生選手に関する資料検討:1912年ストックホルム大会から1996年アトランタ大会までを対象に」『一橋スポーツ研究』第29巻、2010年、37-48頁、2021年3月3日閲覧。
関連項目[編集]