張栻
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張 栻︵ちょう しょく、紹興3年︵1133年︶- 淳熙7年2月2日︵1180年2月28日︶︶は、中国南宋の儒学者・政治家で朱子学の源流に位置する。字は敬夫、または欽夫、号は楽斎。南軒先生と称せられる。漢州綿竹県の出身。
略歴
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宰相張浚の子として生まれた。将来の大儒を目指して胡宏︵五峰︶に学ぶ。初めは直秘閣に任じられ、その後は地方官を歴任し、中央に戻ってからは吏部侍郎から右文殿修撰になった。金に対して主戦論を保持し、たびたび国防・民政に関する上奏を奉じ、宰相虞允文からは疎まれたが孝宗の信任は厚かった。後に王夫之は﹃宋論﹄のなかで張栻を﹁古今まれに見る大賢ではあるが、王安石以来の人材迫害・言論弾圧に懲りて世間を離れることに努め、才能を振るおうとしなかった﹂と惜しんでいる。
学問と著作
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張栻の学問は、二程︵程顥・程頤︶を承け、朱熹との交友で発達した。﹃論語﹄﹃孟子﹄の解釈で見るべきものがある。著として﹃南軒集﹄44巻、﹃南軒易説﹄・﹃伊川粋言﹄・﹃癸巳論語解﹄・﹃癸巳孟子説﹄がある。