歌川芳満
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歌川 芳満︵うたがわ よしみつ、天保8年4月20日︿1837年5月24日﹀ - 明治43年︿1910年﹀2月18日︶とは、江戸時代末期から明治時代にかけての浮世絵師、職人。
来歴[編集]
歌川国芳の門人。本姓は犬飼、幼名健吉。通称平兵衛。歌川の画姓を称し一敬斎、一教斎、 円阿弥、孤山堂卓郎と号す。俳名は唯紋。江戸の生れで呉服上絵職の松屋平兵衛の三男。12歳で国芳に入門人するが、父の跡を継いで上絵職となった。明治16年︵1883年︶、五代目尾上菊五郎の用いる不動明王の肉襦袢を描き評判を得、明治19年︵1886年︶には九代目市川團十郎のために肉襦袢を描いた。俳句もよくした。享年74。墓所は文京区本駒込の養昌寺、法名は鶴翁平林居士。作品[編集]
- 「仮名手本忠臣蔵十一段一覧」 大判錦絵3枚続 港区立郷土資料館所蔵[1] ※安政3年(1856年)
参考文献[編集]
- 井上和雄 『浮世絵師伝』 渡辺版画店、1931年 ※国立国会図書館デジタルコレクションに本文あり。154コマ目。
- 日本浮世絵協会編 『原色浮世絵大百科事典』(第2巻) 大修館書店、1982年