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武田弘道︵たけだ・ひろみち、1919年9月 - 1984年6月︶は日本の哲学者、論理学者
●1940年、北海道大学予科医類終了。
●1942年、京都大学文学部哲学科卒業。
●1949年、大阪市立大学法文学部助教授。
●1966年、大阪市立大学文学部教授。
●1983年、大阪市立大学定年退職。
戦後の哲学界に分析哲学と記号論理学を紹介した第一世代の一人。カール・ポパーの主著で浩瀚なる﹃自由社会の哲学とその論敵﹄を翻訳出版して︵1963年、1973年︶令名を高める。海外の哲学者との交友も多く、学会では海外研究者の講演のときには、通訳をした。
三宅剛一の言葉﹁多く考え、少なく書け﹂を地でいった人であった[1]。
●﹃西洋哲学史概説――タレースよりヘーゲルまで﹄種智院大学、1949年
●﹃現代の論理学﹄法律文化社、1967年
●﹃論理学入門――論理学と論理算﹄ミネルヴァ書房、1949年
●﹃フランス百科全書の研究﹄岩波書店、1954年
●﹃科学理論と自然科学﹄講座哲学体系第3巻、人文書院、1963年
●﹃論理学の基礎Ⅰ﹄ミネルヴァ書房、1970年
●K・R・ポッパー﹃自由社会の哲学とその論敵――ヘーゲル・マルクス批判︵1︶﹄泉屋書房、1963年、※原著第2巻の翻訳
●K・R・ポッパー﹃自由社会の哲学とその論敵﹄世界思想社、1973年、※原著第1巻、第2巻の合本
共訳著[編集]
●﹃哲学と歴史――東大﹁アメリカ研究﹂セミナー公開講義﹄東京大学出版会、1956年
●﹃科学と現代文化﹄創文社、1959年
●﹃科学と現代文化﹄第2巻、創文社、1961年
●﹃科学と現代文化﹄第3巻、創文社、1962年
(一)^ 林なおみ﹁父在りて﹂武田ひろ子編﹃会議は踊る・ただひとたびの――武田弘道追悼集﹄ミネルヴァ書房、1985年、218頁。
参考文献[編集]
武田ひろ子編﹃会議は踊る・ただひとたびの――武田弘道追悼集﹄ミネルヴァ書房、1985年
関連項目[編集]