浮世亭三吾・美ユル
浮世亭三吾・美ユル︵うきよてい さんご・みゆる︶は、松竹芸能所属の親子漫才コンビ。1995年1月11日、道頓堀浪花座で初舞台。コンビ名は、浮世亭三吾・さやかみゆる→浮世亭三吾・美ゆる︵2005年頃~︶→浮世亭三吾・美ユル︵2008年頃~︶→三吾・美ユル︹亭号なし︺︵2011年頃~︶→浮世亭三吾・美ユル︵2022年頃~︶と変遷している。
芸風[編集]
初期は音曲漫才で、美ユルが生恵幸子のように流行歌を金切声で独唱したり、舞台上にピアノを持ち込んで童謡を合唱したりしていた。 その後、美ユルが三吾の欠点を早口で一方的にあげつらい、三吾が狼狽したところで突如敬語になり﹁…お父さま﹂の一言で締めくくる、今喜多代の芸を摸したしゃべくり漫才に移行した。 三吾の弟子には大吾・小吾︵大吾は恰幅のいい男装の女性︶がいた。メンバー[編集]
浮世亭三吾︵うきよてい さんご、本名・沼口 正利、1943年12月14日 - ︶ ●大分県出身。福岡県の中学校卒業後、サラリーマンをしながら喜劇の曽我廼家明蝶主催の﹁明蝶学院﹂で修行を積む。浮世亭とん平に入門し、学院で同期だった十吾と浮世亭三吾・十吾︵一時期コンビ名は3×5=15︶を結成。1969年に大阪万国博覧会で初舞台を踏み、若手実力派から中堅へと順調に育ったものの、十吾の引退に伴い1989年に解散。しばらく弟弟子で日系人の浮世亭ジョージ[1]と、﹁浮世亭三吾・ジョージ﹂名義で活動したが、娘と組むため1993年にコンビ解消。 ●顔が獅子舞に似ている︵ジョージと組んでいた頃からよく弄られていた︶。 美ユル[2]︵みゆる、本名・沼口 美ゆる、1976年2月28日 - ︶
●三吾の長女。幼少時から漫才師志望が強く、尼崎市立尼崎産業高等学校卒業を待って父と組む。
●当初は﹁さやか﹂という屋号があった。