石井滴水
石井 滴水︵いしい てきすい、1882年6月-1945年︶は、明治時代から昭和時代にかけての日本画家。
来歴[編集]
鏑木清方の門人。本名は芳次郎。1882年6月、東京生まれ。1901年に清方は京橋木挽町に移転しており、この木挽町時代の清方に師事、林緑水に次ぐ門人となった。1904年11月の第10回烏合会展に作品を出品したことが知られている。1906年5月には第5回美術研精会展に﹁傾城反魂香﹂を、同年10月の第14回烏合会展に﹁葛の葉﹂を出品、さらに日本美術協会には﹁小春図﹂を出品している。その後、1909年6月の第9回巽画会展に﹁あやいと﹂を出品した。また、滴水は1912年から﹃読売新聞﹄において挿絵を担当した。 滴水は清方らの結成した烏合会に参加したほか、創刊当時の﹃主婦の友﹄に挿絵を描いており、そのなかには烏合会の影響により近松物に取材した﹁卯月の紅葉﹂や﹁丹波与作﹂といった作品もみられた。清方の門人らによる郷土会の展覧会には、1916年5月の第2回展に﹁最初の調子﹂を出品した後、1923年3月の第8回展に﹁たそがれ﹂を、1926年5月の第11回展に﹁柳橋﹂を、1930年6月の第15回展に﹁野辺﹂という作品を出品している。 なお、現在においても講談社の絵本に滴水の挿絵を見ることがある。作品[編集]
- 「後の月」 絹本著色 二曲一隻 培広庵コレクション 明治40年頃
- 「新・講談社の絵本 宮本武蔵」 表紙絵 鏑木清方記念美術館所蔵 1992年発行(講談社)
- 「新年勅題 田家朝」第4集(6枚) 絵葉書(印刷物)鏑木清方記念美術館所蔵
参考文献[編集]
- 鏑木清方記念美術館編 『鏑木清方の系譜 ‐師水野年方から清方の弟子たちへ‐』 鏑木清方記念美術館、2008年