聖母大聖堂 (アントウェルペン)
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聖母大聖堂 | |
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オランダ語: Onze-Lieve-Vrouwekathedraal | |
聖母大聖堂 | |
北緯51度13分14秒 東経4度24分02秒 / 北緯51.22056度 東経4.40056度座標: 北緯51度13分14秒 東経4度24分02秒 / 北緯51.22056度 東経4.40056度 | |
所在地 | アントウェルペン |
国 | ベルギー |
教派 | ローマ・カトリック |
ウェブサイト |
www |
歴史 | |
創設日 | 12世紀以前 |
守護聖人 | 聖母マリア |
建築物 | |
設計者 | ペーター・アッペルマン[1]等 |
様式 | ゴシック建築 |
着工 | 1352年 |
完成 | 1521年 |
建築物概要 | |
尖塔数 | 1(南塔は未完成) |
尖塔の高さ | 123m |
管轄 | |
主教区 | アントウェルペン司教区 |
聖職者 | |
大主教 (大司教) | ヨハン・ボニー |
聖母大聖堂︵せいぼだいせいどう︶は、ベルギーのアントウェルペン︵英語: アントワープ、フランス語: アンヴェルス︶にある、ローマ・カトリック教会の教会︵司教座聖堂︶。
名称について[編集]
アントウェルペンを含む現在のベルギー北部︵フランデレン地域︶は、フラマン語︵オランダ語系︶圏である。しかしながら、歴史的にフランス語が公用語として用いられた経緯︵言語戦争#ベルギー︶から、﹁ノートルダム大聖堂﹂が用いられることも多い。そのため、日本語文献でも﹁聖母︵マリア︶大聖堂﹂﹁ノートルダム大聖堂﹂あるいは地名を冠して﹁アントワープ︵の︶大聖堂﹂等の表記の揺れがある。 本項目では、フランダース政府観光局が日本語訳の﹁聖母大聖堂﹂を採用している[2]ことから、以下﹁聖母大聖堂﹂表記を原則として記述する。 各言語での表記は以下の通りで、いずれも﹁我らが貴婦人の聖堂﹂すなわち聖母マリアに献堂されたことを意味する。- オランダ語
- Onze-Lieve-Vrouwekathedraal
- フランス語
- Cathédrale Notre-Dame
- ドイツ語
- Liebfrauenkathedrale
- 英語
- Cathedral of Our Lady
概要[編集]
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世界遺産‥ベルギーとフランスの鐘楼群を構成する建築物のひとつ。アントウェルペン市内では、市庁舎と共に登録されている。
ピーテル・パウル・ルーベンスによる﹃降架﹄を題材にした三連祭壇画で知られる。さらに日本では、同名小説を原作としたアニメーション作品﹃フランダースの犬﹄により、主人公の少年が観賞を熱望した絵画及び教会として有名になった。
大聖堂建設に携わった建築家、ペーター・アッペルマンの功績を称える 記念像が、第2の塔の下に設置されている[1]。
12世紀の聖堂を前身とし、1352年にゴシック様式で建設が開始された[3]。ジャン・アッペルマンとペーター・アッペルマン父子により[1]、徐々に建設が進んだ後、1472年から1500年にかけヘルマン・デ・ワーゲマーケレの設計により二つの側廊が完成した[3]。ヘルマンの息子ドミーンが、アントウェルペンの経済発展を背景に、建築を一挙に進めた[3]。
1518年に完成した尖塔︵北塔︶は123mあり、ブルッヘの聖母教会の122mを超え、ネーデルラント︵低地地方︶における最も高い建築物となった[4]。1521年に、南塔を除き、完成した。神聖ローマ皇帝カール5世︵ブルゴーニュ公位を継承、兼スペイン王︶は、1521年に尖塔を見て﹁一つの王国に値する﹂と称賛した[5]。アントウェルペンの発展を象徴する建築物として、絵画の背景にも描かれた[6]。
1533年に火災により被害を受けた[7]。1559年にアントウェルペン教区の設立により、司教座聖堂となる。しかし、1566年にはゴイセン︵ネーデルラント17州におけるカルヴァン派︶の聖像破壊運動により、美術品が破壊された[7]。
17世紀初頭、ピーテル・パウル・ルーベンスがアントウェルペンに戻ると、アルブレヒト大公とイザベラ大公妃の宮廷画家となり、多数の祭壇画を制作した[8]。本聖堂に納められた﹃キリストの昇架﹄、そして﹃キリストの降架﹄や﹃聖母被昇天﹄がこの時期の作品である。
1801年のコンコルダートにより、司教区が再編され、司教座を失った。1961年に、アントウェルペン司教区が再設立されたことを受け、再び司教座聖堂となった。
1872年に、英国出身の女性作家ウィーダが﹃フランダースの犬﹄を出版した。作中には、本聖堂とルーベンス作品がモチーフとして登場する。2003年になって、聖堂前に記念碑が立てられ、さらに2017年に新たな記念碑が建立されている︵フランダースの犬の項を参照︶。
歴史[編集]
美術品[編集]
以下のルーベンス作品の他、美術家ヤン・ファーブルによる彫刻作品﹃十字架をもつ男﹄なども置かれている[9]。ギャラリー[編集]
外観[編集]
内部[編集]
美術品[編集]
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聖母被昇天(ルーベンス)
周辺[編集]
脚注[編集]
注釈[編集]
出典[編集]
- ^ a b c 谷・阿部 2004 p.145
- ^ [1]など
- ^ a b c 森 2015 p.81
- ^ 河原 2006, p.93
- ^ 森 2015 p.81-82
- ^ 森 2015 p.76-77
- ^ a b 森 2015 p.82
- ^ ブッセルス 2015 p.96-97
- ^ 『芸術新潮』 2017, p. 87.
- ^ a b c 江藤詩文 (2018年5月1日). “巨匠ルーベンスが活躍したアントワープと世界に誇る美しいレストラン”. 朝日新聞 2019年1月4日閲覧。
- ^ a b “アントワープ(ベルギー) フランダースの犬を訪ねて”. 西日本新聞. (2017年7月10日) 2019年1月5日閲覧。