Template‐ノート:Buddhism2
中立的な観点を満たすための出典について[編集]
中立的な観点を満たすため、﹁Template:Buddhism2﹂へ収録する記事の出典をに明記するべきと考えます。
出典を明記する場所については、可読性を損なわないようサブページ﹁Template:Buddhism2/収録記事の出典﹂を作成しました。
なお、﹁中立的な観点﹂を満たすのが目的であるため、出典は検証可能性を満たす仏教全般について記述された書籍を明記してください。仏教辞典や仏教用語集などは、中立的な観点を検証できないと考えます。
また1ヶ月程度経過しても出典が明記されない場合は、一旦Template:Buddhism2︵2012年6月20日 (水) 14:53時点における版︶︵差分︶の内容と出典が明記された記事に戻したいと考えます。--Resto1578︵会話︶ 2012年8月28日 (火) 00:00 (UTC)・︵修正︶--Resto1578︵会話︶ 2015年10月14日 (水) 15:50 (UTC)
提案に対するコメント[編集]
コメント 提案の意味が不明です。 ●出典は個別の記事内に書かれるので、﹁Template:Buddhism2/収録記事の出典﹂のような﹁二度手間﹂は、必要ありません。 ●﹁仏教辞典や仏教用語集などは、中立的な観点を検証できないと考えます。﹂というのは、Resto1578氏の勝手な判断であって、ウィキペディアの中立性や検証可能性とは関係ありません。独断で出典の取捨選択をする権利は、あなたにはありません。 ●﹁一旦Template:Buddhism2︵2012年6月20日 (水) 14:53時点における版︶︵差分︶の内容と出典が明記された記事に戻したい﹂の意味が不明です。Template:Buddhism2︵2012年6月20日 (水) 14:53時点における版︶︵差分︶が良くて現在の版がいけないと考える、客観的論拠を示す必要が、Resto1578氏にはあります。 --Madamada123︵会話︶ 2012年8月28日 (火) 04:34 (UTC) コメント ﹁Template:Buddhism2﹂に収録する記事について出典を必要とする理由 Wikipediaの方針﹁中立的な観点﹂にある﹁特定の観点を読者に押し付けない﹂に反さないようするためです。 何を出典として収録記事を選び出したのか明示する必要があります。 私が所有している書籍だと、真宗大谷派教師養成のための教科書編纂委員会 編﹃大乗の仏道‥仏教概要﹄︵真宗大谷派出版部、1987年︶のP.16〜62第一部 第一章﹁釈尊とその思想﹂には、仏教の基本教義の概要が記述されています。 具体例をあげると、P.40に﹁十二支縁起﹂、P.60に﹁波羅提木叉﹂が記述されています。 このような出典を複数明示することにより、仏教の﹁基本教義﹂と認めうる項目を選定することができます。 仏教辞典や仏教用語集などは、中立的な観点を検証できないとする理由 仏教辞典や仏教用語集には、浄土教のみ用いる教義、密教のみが用いる教義が収録されています。仏教辞典や仏教用語集に項目として掲載されているからといって、仏教の﹁基本教義﹂に収録する出典にはならないという意味です。 ﹁また1ヶ月程度経過しても出典が明記されない場合は、一旦2012年6月20日 (水) 14:53時点における版の内容と出典が明記された記事に戻したい。﹂ということについて 1ヶ月経過しても出典が付かない記事については、本ナビゲーションテンプレートに収録するのに相応しくないと考えます。﹁人物﹂に龍樹・無著・玄奘・達磨など大乗仏教のみに関与している人物は﹁仏教﹂という括りだと、中立的な観点から選定されていないと考えます。﹁︵大乗仏教︶ - 龍樹・無著・玄奘﹂のように注意書きの後に記述する必要があると考えます。また達磨については、大乗仏教全般に影響を与えているとはいえず収録には一考の余地があると思います。 以上、回答いたしました。--Resto1578︵会話︶ 2012年8月28日 (火) 06:40 (UTC) コメント 回答になっていません。 ●個別の内容の出典は、個別の記事内で示すことになっています。ここで﹁二度手間﹂をする必要はありません。 ●﹁真宗大谷派教師養成のための教科書編纂委員会 編﹃大乗の仏道‥仏教概要﹄﹂等が中立的で、﹁仏教辞典や仏教用語集﹂がそうでないというのは、端的にResto1578氏個人の偏見・価値判断であって、それこそがまさに﹁特定の観点の押し付け﹂であり、﹁ウィキペディアにおける中立性﹂に反するものにほかなりません。 更に言えば、Resto1578氏は、﹁Template:Buddhism﹂においては、﹁中立性が保てないから、内容全削除﹂という主張をしているのに、こちらでは﹁特定の出典に依拠しさえすれば、中立性は保てる (から、内容全削除する必要は無い)﹂と主張しており、明らかに矛盾・ダブルスタンダードです。なぜこちらでも﹁内容全削除﹂を主張しないのでしょうか。 こちらで﹁内容全削除﹂を主張しないのであれば、﹁Template:Buddhism﹂でも﹁内容全削除﹂は主張すべきではありませんし、﹁Template:Buddhism﹂で﹁内容全削除﹂を主張し続けるのであれば、こちらでも﹁内容全削除﹂を主張すべきです。矛盾した、ダブルスタンダードな主張はやめてください。--Madamada123︵会話︶ 2012年8月28日 (火) 07:32 (UTC) 報告 Madamada123さん︵会話 / 投稿記録 / 記録︶は、﹁Wikipedia:投稿ブロック依頼/Madamada123﹂での議論の結果、﹁WP:SCRUTINY、過去にブロックされている期間にブロック破りを行っていたアカウントなどが有り、悪質性極めて大。) ﹂を理由に、2012年9月2日 (日) 00:02 (UTC)に無期限ブロックとなりました。 よって、本議論を一旦打ち切ります。 新たにコメントする場合は、新しい節にお願いします。--Resto1578︵会話︶ 2012年9月2日 (日) 03:08 (UTC)- 仏教の基本事項とはいえない項目が多すぎ内容過剰であるため、提案通り2012年6月20日 (水) 14:53時点の内容に戻します。--Resto1578(会話) 2015年9月17日 (木) 12:14 (UTC)