スロバキア東部,ドナウ川の支流ホルナートHornád川に臨む工業都市。人口23万4937(2005)。機械,セメント,繊維,印刷,食品工業などが盛んで,ハンガリー,ウクライナ国境に近いことから,通商上重要な位置を占める。1290年にハンガリー王国都市に昇格し,数百年間,北部ハンガリーの最も重要な文化・商工業都市で,古くからポーランドと結ぶ交易路として大きな役割を果たしてきた。市には1657年設立のシャファーリク大学,工業大学などの教育機関があり,旧市街にある14世紀末に完成したゴシック式の大聖堂は周辺の近代的工場群とみごとな対照をなしている。1921年この市はチェコスロバキア領となるが,38年ハンガリーに編入,45年ソ連軍による解放で再びチェコスロバキア領となった。同年4月臨時政府がここに設置され,4月5日に新政権が出した〈コシツェ綱領〉は,社会主義新国家の憲法の基礎となったものである。コシツェ・マラソン(1930創設)の開催地としても知られている。
執筆者:稲野 強
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…人口9万3000(1996)。コシツェKošiceとともに東スロバキア工業地区の中心を形成し,機械・セメント・食品・木材・衣料工業が盛ん。コシツェにあるシャファーリク大学の教育・哲学部の所在地。…
※「コシツェ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
6/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
5/20 小学館の図鑑NEO[新版]昆虫を追加
5/14 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
4/12 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
4/12 デジタル大辞泉を更新