改訂新版 世界大百科事典 「タニシ」の意味・わかりやすい解説
タニシ (田螺)
タニシ科Viviparidaeの淡水産巻貝の総称。殻は長卵形から卵円形で螺塔︵らとう︶は高まり,螺層は多少膨らむ。殻表は黄緑色の皮で覆われるが,成長するとしだいに黒色になる。体層は大きく通常丸みがある。殻口も丸く大きい。ふたは革質で卵形黄褐色。軟体は雌雄異体で,雄の右触角は陰茎の働きをするため曲がっている。卵胎生で子貝は雌の子宮内で成育し産出される。泥上の有機物を食べている。日本産には次の4種がある。
オオタニシCipangopaludina japonicaは殻の高さ6.5cm,径4.6cmに達し,螺塔は円錐形に高くなり,体層は大きく,まわりに弱い角がある。殻表は緑褐色~黒色で細いすじがあり,幼貝のときはその上に毛が生えている。ふたは卵形で褐色。北海道から九州に分布し,河川や湖沼にすむ。子貝はそろばん玉形。カクタニシとも呼ばれる。北方の個体は成貝になっても幼貝のように体層のまわりに角がある。北アメリカに移入され広がっているシベリア産のウスリータニシC.ussuriensisはこの種に似る。マルタニシC.chinensis laetaは殻の高さ6cm,径4.4cmに達する。螺塔は円錐形に高くなり,各層は丸く膨らむ。体層は大きく丸い。ふたは黄褐色。子貝はそろばん玉形。北海道から九州,沖縄の石垣島,朝鮮半島に分布し,湖沼や水田にすむ。乾田のくぼみの泥中で越冬する。前種同様北アメリカに移入され広がっている。採取して食用にする。原種は中国に分布する。ナガタニシHeterogen longispiraは殻の高さ5cm,径2.7cm。螺塔は前2種より高く,螺層の膨らみは弱い。体層のまわりに角がある。ふたは赤褐色。子貝の数は少なく10以下で大きいものは1cmに達する。琵琶湖特産。食用になる。中国雲南省産のコブタニシMargarya melanoidesはナガタニシに似る。ヒメタニシSinotaia quadrata histricaは殻の高さ3.5cm,径2.3cmに達し,卵円錐形で緑褐色。殻表は平滑で,ときにすじがある。ふたは赤褐色。本州から九州の池沼にすむ。家禽︵かきん︶や養魚の飼料にする。原種は中国産。なお,マメタニシはマメタニシ科に属し,タニシとは異なる。
執筆者‥波部 忠重
日本民俗
田に生息するニシの意で,ニシは巻貝,あるいはさなぎのこと。一にツブと呼ぶこともあり,この呼称もやはり螺,つまり巻貝の総称となっている。そこでとくに田ツブと水田の巻貝であることを限定する土地もある。タニシをタヌシの転訛︵てんか︶と考える人もあり,その場合にはこれを田の主,もしくは水の精霊の化現とみなした名称とみることもできる。︿田螺長者﹀の昔話はこのタニシが人語を語り,さまざまな難題を克服してその霊力を示し,ついには長者の婿となって幸福な生活を送るという筋である。すなわち水界から送られた小童が幸運をもたらすという日本に多い霊験譚︵たん︶のモティーフに属する。また,これを水神の姿として雨乞いをしたり,火災を防いだ奇瑞ありとしてタニシを食用にしない土地もあった。一説には不動尊を守護したとして眼疾を祈ると霊験があるともいい,多くの水についての信仰が複合しているらしい。 湿田に成育増殖するので,このような信仰のない土地では農民にとって得やすい動物性食品として珍重され,汁の実としたり身を抜いてしょうゆやみそで煮つけて食用となっている。また,生ですりつぶして練り,打身やくじきの場所に塗って熱さましやはれを治す民間薬として使用される。これをとらえておいて,眼病の人が川に放して治癒を祈願したり,タニシを食べることを断つことを誓って目の悪いのを治るように願うなど,呪術的な病気治癒とも結びついている。この点はタニシの形態と眼球との類似連想とかかわるかもしれない。さらにこの生物が農村でもっとも身近な動作のおそい鈍いものであるところから,民話の中に動物どうしの競争,あるいは葛藤︵かつとう︶に際して,その動きののろいもの,弱いものの一方の代表として登場する。タニシとキツネとのかけくらべとか,タニシとカラスとの歌問答などはその代表例といえる。農村の子どもはこれをとらえて競争をさせて遊んだが,除草剤や農薬使用によって生息は激減してしまった。 執筆者‥千葉 徳爾出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報