改訂新版 世界大百科事典 「ミカン」の意味・わかりやすい解説
ミカン (蜜柑)
ミカンという語は種々の意味で用いられる。その適用範囲はカラタチ,キンカンを含めたかんきつ類全体をいう場合,カラタチを除き,キンカンをも含めて食用にできるかんきつ類の総称として用いる場合,カラタチ,キンカン以外のミカン属︵カンキツ属︶Citrusだけ,すなわちレモン,ブンタン,ナツミカン,オレンジ,ユズなどをいう場合,後述する田中長三郎の分類上のミカン区に属するもの,すなわち果皮のむきやすい︵寛皮性︶ものを指す場合,ウンシュウミカンだけを特定して指す場合の5種類が考えられる。しかし,一般には寛皮性のかんきつ類またはウンシュウミカンを指して用いられることが多い。農林水産省の統計におけるミカンはウンシュウミカンを指している。ここでは寛皮性のかんきつ類をミカンとして記述する。いずれもミカン科の常緑果樹で,日本ではウンシュウミカンが代表種となる。
分類
ミカンを含むかんきつ類の分類には異なった意見がある。田中はミカン属を総状花序を形成する初生カンキツ亜属と総状花序を形成しない︵まれに形成することもある︶後生カンキツ亜属に区分し,後者をユズ区,ミカン区,トウキンカン区の3区に分類した。さらにミカン区を36種に分類し,この中にクネンボ,ウンシュウミカン,ヤツシロ,ケラジ,ポンカン,オオベニミカン︵ダンシータンゼリン︶,クレメンティン,タチバナ,キシュウミカン,シイクワシャー,コウジなどを含めた。一方,アメリカのスウィングルW.T.Swingleは,田中のユズ区の一部,トウキンカン区およびミカン区に属する植物を,マンダリンC.reticulata Blanco,タチバナC.tachibana Tanaka,インド野生ミカンC.indica Tanakaの3種とした。ウンシュウミカンはC.reticulataの一系統︵栄養系︶,他のものも変種あるいは雑種由来のものとした。したがって,タチバナ,インド野生ミカン以外の多くのものがC.reticulataに包含されている。田中の分類に基づきミカン区を細分すると,ウンシュウミカンのように葉の大きいもの︵大葉寛皮かんきつ類︶とポンカン,クレメンティン,タチバナのように葉の小さいもの︵小葉寛皮かんきつ類︶に分類できる。後者はさらにポンカンのように大果のものとタチバナのように小果のものに分けられる。 このような分類についての異なった意見は,ミカン類が栄養系として多様に分化していることも原因となって生じた。英語でもタンゼリンtangerine,マンダリンmandarinはともに寛皮性かんきつ類を表す。そして前者を果皮が紅橙色系のもの,後者を黄橙色系のものとして区別することがある。しかし,マンダリンのほうがタンゼリンを含めた広い意味のことばとして多用される。一方,タンゼロは寛皮性かんきつ類とグレープフルーツ︵ブンタン︶の雑種の総称だが,この場合はタンゼリンがマンダリンを包含した形で扱われる。これは,タンゼロの命名が当初ダンシータンゼリンを片親にした雑種に対してなされたからである。起源と伝播
インド東北部,アッサムの東南部で生じたインド野生ミカンが寛皮性ミカン類の基になったものと考えられている。原生地から東進したこのミカン類は東南アジア一帯,中国,日本にまで分布域を拡大し,品種の分化発達をなしとげた。とくに中国南部では多様な品種群に発達したと考えられる。中国からヨーロッパに伝播︵でんぱ︶したのは19世紀初期である。地中海西部の沿岸諸国で品種が分化発達し,クレメンティンなどの二次的原生地となった。19世紀中~後期にかけヨーロッパと中国からアメリカのフロリダ半島にポンカン,ダンシータンゼリンなどが伝播した。オレンジ,レモンに比べると世界各地への伝播は遅かったが,現在ではウンシュウミカン,ポンカンなどのミカン類が世界各地で栽培されている。日本にはタチバナが古くから野生しており,キシュウミカンも江戸時代以前のかなり古い時代に中国から伝播したといわれる。ウンシュウミカンは400~500年前に中国のミカン類の種子から鹿児島県で生じた優良品種である。形状
ミカンの樹形は一般に半球形状で,樹高は3~5mになる。他のかんきつ類に比べ,枝梢は細く,葉も小さい。普通とげはない。翼葉はないものが多く,あっても小さい。花は白色5弁で中~小型。5月に咲く。果実は一般に小型で扁球形。ウンシュウミカンが最も大果の部類に属する。果皮は薄くむきやすい。果皮色,果肉色とも橙色を中心に変異があり,熟期の変異も大きい。果肉は軟らかく,多汁で苦みはない。クエン酸を主成分とする酸は,濃度が1%以下のものから5~6%のものまである。種子は小型で丸みがある。多胚性と単胚性のものがあり,一般に緑色胚。かんきつ類の中では耐寒性が強い。またかいよう病やトリステザウイルス病に対しても強い。利用
生食用として有名なものにウンシュウミカン,ポンカン,クレメンティンがある。ほかに,キシュウミカン,ダンシータンゼリン,エレンディル︵オーストラリアの晩生種︶,カラ,キノウ,アンコールなどの栽培品種がある。ウンシュウミカン,ポンカンは果汁用にもされる。別名ヒラミレモンともいわれるシイクワシャーも果汁が市販されており,生果は酢みかんとして利用され,また古くから芭蕉布︵ばしようふ︶の洗濯にも用いられた。多胚性のシイクワシャー,スンキ,クレオパトラなどはポンカン,タンカン,イヨカンなどの台木に利用される。小玉で果実が美しいタチバナ,キンカンとミカンとの雑種といわれ,トウキンカン区に分類される四季咲性のトウキンカン︵シキキツ︶などは,生食には不向きだが鉢物などの観賞用としても価値がある。台湾,ネパールなどではスンキなどを砂糖煮とか塩漬にし,食用,薬用に供するという。 →柑橘︵かんきつ︶類 執筆者‥山田 彬雄民俗
かんきつ類は秋には黄色く輝く果実をつけ,冬でも緑を絶やさぬ常緑樹で,古くから長寿を祝福する神聖な木とされ,その実は太陽や霊魂の象徴とみなされた。沖縄の八重山では,ミカンの枝を魔よけとして祭事に用いたという。ミカンの実は,正月に鏡餅の上に供えたり,餅花とともに木にならせたり,若木や嫁たたき棒にも結びつける地方があり,小正月の成木責め︵なりきぜめ︶をミカンの木に対して行う所もある。また家の上棟式に餅やミカンをまいたり,小正月に厄年の人が辻や村境でミカンをまいて厄払いする風もある。鍛冶屋では,11月8日の吹子祭にたいせつな火を象徴するミカンをまいて祝う風は広く,これを拾って食べると病気にならないという。一方で,ミカンの実を焼いて食べたり,皮や種子を火にくべると,顔が赤くなるとか貧乏になるといって忌む所が多く,ミカンを根もとから切ったり接木すると,死ぬとか死人が出るという俗信もある。それだけミカンが神聖なものとされていたといえよう。このほか,房のくっついた双子のミカンを食べると双子が生まれるとか,妊婦はミカンを食べてはいけないという伝承もみられた。またミカンの皮を風呂に入れたり煎じて飲むと,諸病の薬になるともいわれた。島根県出雲市,簸川︵ひかわ︶郡には,ミカン吸いという子どもの手遊びがあり,現在ではミカンはありふれたものとなっているが,以前は栽培量も少なく,駄菓子屋などで細々と売られていたにすぎなかった。 執筆者‥飯島 吉晴ミカン科Rutaceae
果樹として重要なミカンの仲間︵かんきつ類︶を含み,150属約900種から成る双子葉植物の一群。大部分は木本で,高木あるいは低木,草本,まれにつる性で乾生型のものもある。温帯から熱帯まで分布する。葉は互生または対生,単葉または複葉,托葉はなく,通常,透明の腺点を有し強烈な香りがある。ミカン亜科の多くのものでは葉が退化した短枝が太いとげに変化している。花序はいろいろであるが,通常,集散花序でまれに葉上に花をつけるものがある。花は両性,まれに雑性,放射相称または左右相称,5~4数で,子房の下部に大きな花盤を有する。萼片は4~5枚で瓦重ね状,花弁も4~5枚。おしべは通常10本または8本,まれに5本,3本,2本,または多数,通常皿状または環状の花盤の基部につく。めしべは2~5枚の心皮からなり,多少とも離生し,子房は下位または中位。果実は蒴果︵さくか︶,液果,分離果,柑果など多様で,種子には胚乳がない。この科は精油を有するため,薬用としてヘンルーダ,サルカケミカン,ゴシュユ,キハダなどや,香辛料としてサンショウが利用されている。かんきつ類は重要な果樹であるし,キハダ,インドシュスボク,ゲッキツなどは木材として利用される。ボロニア,ラベニアなど観賞用に栽植されるものもある。ミカン科は花盤があり,ときに合弁となる花の形態から,センダン科,カンラン科,ニガキ科などに近縁であると考えられ,これらの科はミカン目としてまとめられる。 執筆者‥初島 住彦出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報