ワイルダー(英語表記)Billy Wilder

デジタル大辞泉 「ワイルダー」の意味・読み・例文・類語

ワイルダー(Thornton Niven Wilder)

[1897~1975]米国の小説家・劇作家。小説「サン‐ルイ‐レイの橋」、戯曲「わが町」「危機をのがれて(ミスター人類)」など。
 

Billy Wilder

 
19062002  

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改訂新版 世界大百科事典 「ワイルダー」の意味・わかりやすい解説

ワイルダー
Billy Wilder
生没年:1906-2002


1940-50︿︿1退192919311932101933Mauvaise Graine193334

 MPeter Lorre1904-6438Charles Brackett1892-1969193919381939Ball of Fire1941︿421943︿1944194519501952195419551957I.A.L.1915-8819591960西1978

 西︿︿119611958


ワイルダー
Thornton Niven Wilder
生没年:1897-1975


19381942196419541819273151948819671973

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ワイルダー」の意味・わかりやすい解説

ワイルダー(Billy Wilder)
わいるだー
Billy Wilder
(1906―2002)

アメリカの映画監督。ポーランド(当時オーストリア領)のスーハに生まれる。新聞記者を経てドイツ映画のシナリオライターとなり、1933年ハリウッドに渡る。1938年からチャールズ・ブラケットと脚本チームを組み、コメディに佳作を連発、1942年に監督となってからは野心的な題材に挑戦、『深夜の告白』(1944)、『失われた週末』(1945)、『サンセット大通り』(1950)などで第一級監督の地位を確立する。1950年代以降は戯作(げさく)者的な作風がより明確となり、独特の滑稽(こっけい)と皮肉を込めて現代のアメリカを揶揄(やゆ)した。『昼下りの情事』(1957)、『お熱いのがお好き』(1959)、『アパートの鍵(かぎ)貸します』(1960)、『フロント・ページ』(1974)などがある。アカデミー監督賞を二度、脚本賞を三度受賞。

[宮本高晴]

資料 監督作品一覧

悪い種子 Mauvaise Graine(1933)
少佐と少女 The Major and the Minor(1942)
熱砂の秘密 Five Graves to Cairo(1943)
深夜の告白 Double Indemnity(1944)
失われた週末 The Lost Weekend(1945)
皇帝円舞曲 The Emperor Waltz(1948)
異国の出来事 A Foreign Affair(1948)
サンセット大通り Sunset Blvd.(1950)
地獄の英雄 Ace in the Hole(1951)
第十七捕虜収容所 Stalag 17(1953)
麗しのサブリナ Sabrina(1954)
七年目の浮気 The Seven Year Itch(1955)
翼よ!あれが巴里の灯だ The Spirit of St. Louis(1957)
昼下りの情事 Love in the Afternoon(1957)
情婦 Witness for the Prosecution(1957)
お熱いのがお好き Some Like It Hot(1959)
アパートの鍵貸します The Apartment(1960)
ワン、ツー、スリー ラブハント作戦 One, Two, Three(1961)
あなただけ今晩は Irma la Douce(1963)
ねえ!キスしてよ Kiss Me, Stupid(1964)
恋人よ帰れ!わが胸に The Fortune Cookie(1966)
シャーロック・ホームズの冒険 The Private Life of Sherlock Holmes(1970)
お熱い夜をあなたに Avanti!(1972)
フロント・ページ The Front Page(1974)
悲愁 Fedora(1978)
新・おかしな二人 バディ・バディ Buddy Buddy(1981)

『モーリス・ゾロトウ著、河原畑寧訳『ビリー・ワイルダー・イン・ハリウッド』(1992・日本テレビ放送網)』『ヘルムート・カラゼク著、瀬川裕司訳『ビリー・ワイルダー自作自伝』(1996・文芸春秋)』『キャメロン・クロウ著、宮本高晴訳『ワイルダーならどうする?――ビリー・ワイルダーとキャメロン・クロウの対話』(2001・キネマ旬報社)』


ワイルダー(Thornton Wilder)
わいるだー
Thornton Wilder
(1897―1975)


()()()1930192719481967()1931193819421964()1954



19781977131971

ワイルダー(Laura Ingalls Wilder)
わいるだー
Laura Ingalls Wilder
(1867―1957)


651932193519371940



1972

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ワイルダー」の意味・わかりやすい解説

ワイルダー
Wilder, Gene

 
[]1933.6.11. 
[]2016.8.28. 
 Jerome Silberman19551961 1961Bonnie and Clyde1967The Producers19681970Young Frankenstein1974 1989Gilda's Club  
 


Wilder Thornton (Niven)

 
[]1897.4.17. 
[]1975.12.7. 
 The Bridge of San Luis Rey (1927)  193037 The Long Christmas Dinner (31)  Heaven's My Destination (35)  Our Town (38) 2 The Skin of Our Teeth (42) 32315 The Ides of March (48)  The Matchmaker (55)   

ワイルダー
Wilder, Billy

[生]1906.6.22. オーストリア,シュハ
[没]2002.3.27. アメリカ合衆国,カリフォルニア,ビバリーヒルズ
アメリカ合衆国の映画監督。本名 Samuel Wilder。1933年ドイツから亡命。ハリウッドではシナリオライター,チャールズ・ブラケットとの名コンビで『失われた週末』The Lost Weekend(1945,アカデミー賞作品賞,監督賞,脚色賞),『サンセット大通り』Sunset Boulevard(1950,アカデミー賞オリジナル脚本賞)などを発表。主作品『第17捕虜収容所』Stalag 17(1953),『情婦』Witness for the Prosecution(1958),『お熱いのがお好き』Some Like It Hot(1959),『アパートの鍵貸します』The Apartment(1960,アカデミー賞作品賞,監督賞,オリジナル脚本賞)。
 


Wilder Harris Hawthorne

 
[]1864.4.7. 
[]1928.2.27. 
"History of Human Body" (1909) "The Pedigree of the Human Race" (26)   

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百科事典マイペディア 「ワイルダー」の意味・わかりやすい解説

ワイルダー

米国の映画監督。ウィーン生れ。ウィーン大学中退後,新聞記者,ダンサーなどをへて脚本家となる。ナチスの台頭により米国に亡命。師匠にあたるE.ルビッチの《青髭八人目の妻》(1938年),《ニノチカ》(1939年)などの脚本を担当する。1942年以降製作・監督も行い,喜劇から〈フィルム・ノワール〉まで幅広く手がけた。《失われた週末》(1945年)でアカデミー作品・監督賞を受賞。ほかに《サンセット大通り》(1950年),《麗しのサブリナ》(1954年),《アパートの鍵貸します》(1960年),《恋人よ帰れ! わが胸に》(1966年)などのヒット作を多く発表した。
→関連項目シュトロハイム

ワイルダー

米国の作家,劇作家。大学卒業後教師となり,18世紀ペルーを舞台とする《サン・ルイス・レイ橋》(1927年)で有名になる。また戯曲《わが町》(1938年),《危機をのがれて》(1942年)などで新しい手法を示す。《ヨンカーズの商人》(1938年,1954年《結婚仲介者》として改作)はミュージカル《ハロー,ドーリー!》の原作。

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世界大百科事典(旧版)内のワイルダーの言及

【喜劇映画】より

…ドイツでサイレント時代から喜劇を撮り続けてきたルビッチは,1923年にアメリカへ移った。得意のジャンルは洗練された艶笑譚だが,ルビッチの後継者ビリー・ワイルダーは,艶笑味よりも,《アパートの鍵貸します》(1960)以降の,人情喜劇に本領を発揮した。プレストン・スタージェスは,日本公開は《結婚五年目》(1942),《殺人幻想曲》(1948)の2本のみだが,しんらつな喜劇作家として定評がある。…

【サンセット大通り】より

…ハリウッドの内幕を描いたビリー・ワイルダー監督による1950年製作のアメリカ映画。《熱砂の秘密》(1943),《深夜の告白》(1944),《失われた週末》(1945)等々に次ぐワイルダーとチャールズ・ブラケット(1892‐1969)の名コンビが,2年来あたためていたシナリオ《豆の缶詰》に〈タイム・ライフ〉の記者であり映画批評家だったD・M・マーシュマン・ジュニアのアイデアをとり入れ,3人で共同執筆(アカデミー原作ストーリー賞および脚本賞受賞)。…

【シオドマク】より

…舞台の俳優,演出家,プロデューサーから,1925年,アメリカ映画のドイツ語版の字幕制作者としてウーファ社に入り,助監督,編集者,脚本家を経て,29年,記録映画の手法による実験的な長編《日曜日の人々》をエドガー・ウルマー(1904‐72)と共同監督。脚本に協力したビリー・ワイルダー,撮影に協力したオイゲン・シュフタン(1893‐1977)とフレッド・ジンネマンの映画界における出発点となった作品でもある。その後,もっぱら〈サスペンス・スリラー〉をつくるが,ユダヤ人であるために《激情の嵐》(1932)が不健全であるとゲッベルスに弾劾され,ナチスが政権を握った33年,フリッツ・ラングなどのユダヤ人芸術家と同じようにパリへ逃れ,《フロウ氏の犯罪》(1935)など数本のフランス映画を撮った。…

【スリラー映画】より

…さらにヨーロッパからハリウッドへ亡命あるいは移住してきた若い監督たちが,そのみずみずしいヨーロッパ感覚で,それまでアメリカ映画にはなかったまったく異質の心理的スリラーをつくって大きな刺激を与えたこともあった。オットー・プレミンジャー監督の《ローラ殺人事件》(1944),フリッツ・ラング監督の《飾窓の女》(1944),ビリー・ワイルダー監督の《深夜の告白》(1945),ロバート・シオドマク監督の《らせん階段》(1945)等々がそれである。 いわゆる〈セミ・ドキュメンタリー〉の手法を用いたスリラー映画も流行し,FBIの記録にもとづく《Gメン対間諜》(1945),実際の殺人事件を描いた《影なき殺人》(1947),集団脱獄事件を描いた《真昼の暴動》(1947),殺人犯の追跡を描いた《裸の町》(1948),FBIの記録による《情無用の街》(1948)などがつくられ,ルイ・ド・ロシュモントLouis de Rochemont(1899‐1978)のセミ・ドキュメンタリー・スタイルのニュース映画《ザ・マーチ・オブ・タイム》(1935‐51)に示唆されたといわれるこれらの映画の傾向は〈ニュー・リアリズム〉ともよばれた。…

【フィルム・ノワール】より

… 1945年にマルセル・デュアメル監修でパリのガリマール社から発売された有名な犯罪推理小説叢書〈セリ・ノワール(暗黒叢書)〉にあやかって,〈ノワール(暗黒)〉の形容がアメリカの犯罪スリラー映画に対するオマージュとして使われるようになった。具体的には,映画研究誌《ラ・ルビュ・デュ・シネマLa Revue du Cinéma》(第2号,1946年11月号)にジャン・ピエール・シャルティエという批評家が,ジェームズ・M.ケーンの小説《殺人保険》の映画化であるビリー・ワイルダー監督の《深夜の告白》(1944)と同じビリー・ワイルダー監督のアルコール中毒患者を描いた《失われた週末》(1945)およびレーモンド・チャンドラーの小説《さらば愛しき女よ》の映画化であるエドワード・ドミトリク監督の《欲望の果て》(1944)をめぐって,〈アメリカ人もまたノワールの映画(フィルム)をつくる〉という批評を書き,それが〈フィルム・ノワール〉の語源とされている。このフランス語の呼称がそのままアメリカでも使われるようになって今日に至っている。…

※「ワイルダー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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