宮崎湖処子(読み)ミヤザキコショシ

デジタル大辞泉 「宮崎湖処子」の意味・読み・例文・類語

みやざき‐こしょし【宮崎湖処子】

 
18641922  

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

精選版 日本国語大辞典 「宮崎湖処子」の意味・読み・例文・類語

みやざき‐こしょし【宮崎湖処子】

 

(一)
 

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報 | 凡例

改訂新版 世界大百科事典 「宮崎湖処子」の意味・わかりやすい解説

宮崎湖処子 (みやざきこしょし)
生没年:1864-1922(元治1-大正11)


18889018931897189397

出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

朝日日本歴史人物事典 「宮崎湖処子」の解説

宮崎湖処子

 
11.8.9(1922)
1.9.20(1864.10.20)
,,3(),,(),24(1891),,,,W.,26,30,6,26,,,(1892)<参考文献>(53)  
()
 

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

百科事典マイペディア 「宮崎湖処子」の意味・わかりやすい解説

宮崎湖処子【みやざきこしょし】

 
1890退  

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「宮崎湖処子」の解説

宮崎湖処子 みやざき-こしょし

1864-1922 明治-大正時代の詩人,小説家。
元治(げんじ)元年9月20日生まれ。国民新聞社にはいり詩,小説,評論を発表。明治23年刊の詩文集「帰省」で名をあげる。26年「湖処子詩集」を刊行。キリスト教信者で,晩年は独立伝道をおこなった。大正11年8月9日死去。59歳。筑前(ちくぜん)(福岡県)出身。東京専門学校(現早大)卒。本名は八百吉。
【格言など】悲しきかな我すでに智慧の果を食(くら)いぬ(「帰省」)

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「宮崎湖処子」の意味・わかりやすい解説

宮崎湖処子
みやざきこしょし

[生]元治1(1864).9.20. 筑前,三奈木
[没]1922.8.9. 東京
詩人,小説家。本名,八百吉。 1887年東京専門学校卒業。同年『日本情交之変遷』で注目され,『帰省』 (1890) をはじめ十数編の小説のほか『湖処子詩集』 (93) ,『抒情詩』 (97,共著) を刊行してキリスト教的色彩に富む田園詩人として注目された。初期浪漫主義の先駆的存在。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の宮崎湖処子の言及

【国木田独歩】より

…この結婚は半年で破局を迎えたが,このころから詩人的資質に目覚め,民友社系の《国民新聞》《国民之友》に浪漫的な詩を発表。これらは97年,宮崎湖処子,松岡(柳田)国男らとの共著詩集《抒情詩》にまとめられた。同年小説の処女作《源叔父(げんおじ)》を発表。…

※「宮崎湖処子」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

五節舞

日本の上代芸能の一つ。宮廷で舞われる女舞。大歌 (おおうた) の一つの五節歌曲を伴奏に舞われる。天武天皇が神女の歌舞をみて作ったと伝えられるが,元来は農耕に関係する田舞に発するといわれる。五節の意味は...

五節舞の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android