朝日日本歴史人物事典 「毛利就隆」の解説
毛利就隆
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報
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出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
…山口県南部,瀬戸内海西部の徳山湾に臨む商工業都市。1935年市制。人口10万8671(1995)。1949年,現在の新南陽市にあたる地区を分離したため市域の中央部を失い,ドーナツ状の市域をもつが,面積は339km2で県下第2の広域都市である。市街地の主要部は栄谷(さかえだに)地区から徳山湾岸にひろがる狭い東川扇状地の上に発達している。沿岸部を山陽本線と国道2号が通り,山陽新幹線の徳山駅が設置され,特定重要港湾徳山下松(くだまつ)港をもつ交通の要地を占めている。…
…江戸時代,周防国(山口県)都濃(つの)郡徳山を中心に郡の南部と阿武郡の一部2ヵ村を領域とする萩藩(長州藩)支藩の一。毛利輝元の第2子就隆(なりたか)が藩主の始祖。1617年(元和3)慶長検地高の3万1400余石を内証分知され,34年(寛永11)幕府の公認により藩に列した。公称石高は4万10石。廃藩のころの実高は6万9000余石とされる。萩本藩の公称36万余石の割合では2万500余石。毛利家の家譜類では徳山藩の石高を4万5000石とし,《武鑑》では1835年(天保6)までは3万石,翌年以降は4万10石としている。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
タコノキ科の常緑高木。小笠原諸島に特産する。幹は直立して太い枝をまばらに斜上し,下部には多数の太い気根がある。葉は幹の頂上に密生し,長さ1〜2m,幅約7cmで,先は細くとがり,縁には鋭い鋸歯(きょし)...