デジタル大辞泉 「畑山博」の意味・読み・例文・類語 はたやま‐ひろし【畑山博】 ﹇1935~2001﹈小説家・放送作家。東京の生まれ。放送作家をしながら創作を続け、﹁いつか汽笛を鳴らして﹂で芥川賞受賞。社会的弱者や被差別者の感情を描いた作品で注目される。他に﹁母を拭く夜﹂﹁神さまの親類﹂﹁海に降る雪﹂など。 出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
日本大百科全書(ニッポニカ) 「畑山博」の意味・わかりやすい解説 畑山博はたやまひろし(1935―2001) 小説家。東京生まれ。1954年︵昭和29︶日大一高卒業。新聞店員、工員を経て、66年﹃一坪の大陸﹄で第9回﹃群像﹄新人賞を受賞。テレビ番組の放送台本を執筆しながら、﹃四階のアメリカ﹄︵1969︶、﹃狩られる者たち﹄︵1970︶、﹃はにわの子たち﹄︵1971︶などで芥川(あくたがわ)賞候補になり、﹃いつか汽笛を鳴らして﹄︵1972︶で第67回芥川賞を受賞した。社会的弱者や、差別された者の屈辱感、疎外感を描いて注目される。下層社会の女の戦中戦後を描く﹃母を拭(ふ)く夜﹄︵1972︶や、長編小説﹃神さまの親類﹄︵1974︶、﹃海に降る雪﹄︵1976︶など、社会の片すみで生きる人々を温かなまなざしで描き、自然との共生を説いて、教育者としての宮沢賢治に私淑した。 ﹇山田俊治﹈ ﹃﹃教師 宮沢賢治のしごと﹄︵1988・小学館︶﹄▽﹃﹃美しき死の日のために――宮沢賢治の死生観﹄︵1995・学習研究社︶﹄▽﹃﹃わが心の宮沢賢治﹄︵1996・学陽書房︶﹄▽﹃﹃森の小さな方舟暮らし﹄︵2000・新思索社︶﹄▽﹃﹃狩られる者たち﹄︵旺文社文庫︶﹄▽﹃﹃神さまの親類﹄︵集英社文庫︶﹄▽﹃﹃母を拭く夜﹄︵講談社文庫︶﹄▽﹃﹃海に降る雪﹄︵講談社文庫︶﹄▽﹃﹃いつか汽笛を鳴らして﹄︵文春文庫︶﹄ 出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
20世紀日本人名事典 「畑山博」の解説 畑山 博ハタヤマ ヒロシ 昭和・平成期の小説家 生年 昭和10(1935)年5月18日 没年 平成13(2001)年9月2日 出生地 東京・馬込 学歴︹年︺ 日大一高中退 主な受賞名︹年︺ 群像新人賞(最優秀作)︹昭和41年︺﹁一坪の大陸﹂,芥川賞(第67回)︹昭和47年︺﹁いつか汽笛を鳴らして﹂ 経歴 戦時中は長野県の山中で母と疎開生活を送る。高校中退後、新聞店店員、町工場の旋盤工など各種の職業を転々とし、昭和41年からラジオ、テレビの放送台本作家となり、NHK教育テレビの﹁若い広場﹂を7年間担当。教育問題などに積極的な発言を続けた。傍ら社会の底辺で懸命に生きる人々を題材にした小説を執筆し、41年﹁一坪の大陸﹂が群像新人賞最優秀作に、﹁みんな手くびになってしまった﹂が新日本文学賞佳作になる。47年﹁いつか汽笛を鳴らして﹂で芥川賞を受賞。教育や子育てをテーマにした小説やエッセイを執筆、講演活動でも活躍した。また、自宅に銀河鉄道始発駅を作るほど宮沢賢治の研究に没頭し、著書に﹁教師 宮沢賢治のしごと﹂がある。他の著書に﹁狩られる者たち﹂﹁蝸牛のように﹂﹁海に降る雪﹂﹁二人だけの島﹂﹁母を拭く夜﹂﹁宮沢賢治幻想辞典―全創作鑑賞﹂﹁パクチャル族創世神話﹂﹁織田信長﹂﹁森の小さな方舟暮らし﹂﹁一遍﹂などがある。 出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「畑山博」の解説 畑山博 はたやま-ひろし 1935-2001 昭和後期-平成時代の小説家。 昭和10年5月18日生まれ。41年﹁一坪の大陸﹂で注目される。放送作家をしながら執筆をつづけ,47年﹁いつか汽笛を鳴らして﹂で芥川賞。社会的弱者や差別される側の人々の意識をさぐる作品がおおい。ほかに﹁母を拭く夜﹂﹁海に降る雪﹂﹁宮沢賢治の夢と修羅﹂など。平成13年9月2日死去。66歳。東京出身。日大一高卒。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
367日誕生日大事典 「畑山博」の解説 畑山 博 (はたやま ひろし) 生年月日:1935年5月18日昭和時代;平成時代の小説家;放送作家2001年没 出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報