デジタル大辞泉
「角膜移植」の意味・読み・例文・類語
かくまく‐いしょく【角膜移植】
角膜が混濁していて視力障害 のある人の角膜を切り取って、他の人の透明なものを移植する手術。
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かくまく‐いしょく【角膜移植】
〘 名詞 〙 視力回復の目的で、他人の健康な角膜を患者に移植すること。現在、アイバンク が設置され、角膜提供登録者が死亡した際に、その角膜を利用して移植が行なわれている。[初出の実例]「輸血や角膜移植も一種の臓器移植ではないのですかね」(出典:吉里吉里人(1981)〈井上ひさし〉二〇)
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角膜移植 かくまくいしょく corneal transplantation
角膜は、目の表面の黒目の部分を覆う厚さ約500マイクロメートル(1マイクロメートルは1ミリメートルの1000分の1)の透明な組織である。目の中に光を通す窓の役目をしているこの角膜が混濁したり、ゆがんだりしてしまうと視力に支障をきたす。現在、角膜混濁 に対してはエキシマレーザー を用いて混濁部分を切除し治療する方法も開発されているが、混濁が深い場合やゆがみが大きい場合には、これを新しい角膜と交換する必要がある。角膜移植は病気の角膜を透明でゆがみのない健康な角膜と置き換える手術である。この手術のために必要な角膜を確保し、安全性と質を確認して角膜移植医師へ提供する機関がアイバンク(眼球銀行 )である。
[坪田一男 2024年5月17日]
角 膜 移 植 は 1 7 8 9 年 に ペ リ ー ・ ド ・ ク ァ ン シ ー G . P e l l i e r d e Q u e n g s y ︵ 1 7 5 0 / 1 7 5 1 ― 1 8 3 5 ︶ が 最 初 に 試 み た 。 当 時 は カ ト リ ッ ク の 勢 力 が 根 強 く 、 人 体 よ り 眼 球 を 摘 出 す る こ と が で き な か っ た の で 、 ガ ラ ス を 使 っ て 移 植 し た と こ ろ 、 た だ ち に 脱 落 し て 失 敗 し た 。 つ い で ウ サ ギ の 角 膜 を ネ コ の 角 膜 へ 移 植 し た り 、 ウ サ ギ か ら ウ サ ギ へ の 角 膜 移 植 実 験 が 行 わ れ た 。 ま た 、 母 親 が わ が 子 の た め に 自 分 は 犠 牲 と な っ て 一 眼 を 移 植 し た が 、 そ の 当 時 は 技 術 的 に 未 熟 で あ っ た た め に 成 功 し な か っ た 。 1 9 0 6 年 に な っ て ツ ィ ル ム E d u a r d K o n r a d Z i r m ︵ 1 8 6 3 ― 1 9 4 4 ︶ が 初 め て 生 体 の 角 膜 移 植 に 成 功 し た が 、 1 9 2 2 年 ご ろ か ら ソ 連 の フ ィ ラ ト フ В л а д и м и р П е т р о в и ч Ф и л а т о в / V l a d i m i r P e t r o v i c h F i l a t o v ︵ 1 8 7 5 ― 1 9 5 6 ︶ が 死 体 角 膜 を 使 用 し 全 層 移 植 を 試 み 、 つ い に 1 9 2 8 年 に 成 功 、 画 期 的 な 成 果 と な っ た 。 こ れ を 契 機 と し て 角 膜 移 植 が 急 速 に 発 展 し 、 と く に ア メ リ カ で 盛 ん に 行 わ れ 、 ア イ バ ン ク も 発 足 し た 。
当 時 、 日 本 で は 屍 体 ( し た い ) 解 剖 保 存 法 が あ っ て 、 学 術 研 究 の た め に 死 体 か ら 臓 器 を 摘 出 し て も 差 し 支 え な い が 、 そ の ほ か の 目 的 で 行 う と 死 体 損 壊 罪 に よ り 罰 せ ら れ た 。 眼 科 学 者 は 海 外 の 優 秀 な 成 績 を し ば ら く 静 観 し て い た が 、 な ん と か 欧 米 の 技 術 に 追 い つ き た い 一 念 か ら 、 動 物 を 用 い た 研 究 を 重 ね た 。 そ し て 1 9 4 9 年 ︵ 昭 和 24 ︶ 11 月 に 、 岩 手 医 科 大 学 眼 科 学 教 授 今 泉 亀 撤 ( き て つ ) ︵ 1 9 0 7 ― 2 0 0 9 ︶ が 日 本 で 第 1 例 目 と な る 角 膜 移 植 を 行 い 、 成 功 さ せ た 。 1 9 5 6 年 3 月 に は 非 公 式 の ﹁ 目 の 銀 行 ﹂ が 岩 手 医 科 大 学 に 発 足 し た 。 と こ ろ が 、 1 9 5 7 年 10 月 に 今 泉 が 行 っ た 移 植 手 術 に 対 し 、 死 体 損 壊 罪 に あ た る 疑 い が あ る と の マ ス コ ミ 報 道 が な さ れ 、 今 泉 が 検 察 庁 の 取 調 べ を 受 け る 事 態 と な っ た 。 各 方 面 か ら の 努 力 も あ り 不 起 訴 と な っ た が 、 善 意 を も っ て 行 う 医 療 行 為 が 法 の 網 を く ぐ り な が ら 行 わ れ な け れ ば な ら な い の は 不 合 理 で あ る と い う 意 見 が 強 く な り 、 議 員 立 法 と し て ﹁ 角 膜 移 植 に 関 す る 法 律 ﹂ が 1 9 5 8 年 に 成 立 し た 。
こ の 法 律 は 2 部 か ら な り 、 第 1 部 は 角 膜 移 植 の た め で あ れ ば 死 体 か ら 眼 球 を 摘 出 し て も 差 し 支 え な い と い う 規 定 、 第 2 部 は 眼 球 斡 旋 ( あ っ せ ん ) 業 、 い わ ゆ る ア イ バ ン ク の 規 定 で あ る 。 こ れ が 、 日 本 に お け る 角 膜 移 植 医 療 の 正 式 な 第 一 歩 と な っ た 。
な お 、 こ の 法 律 は 腎 ( じ ん ) 移 植 の 普 及 と と も に 1 9 7 9 年 ﹁ 角 膜 及 び 腎 臓 の 移 植 に 関 す る 法 律 ﹂ に 再 編 さ れ た 。 そ の 後 、 1 9 9 7 年 ︵ 平 成 9 ︶ ﹁ 臓 器 の 移 植 に 関 す る 法 律 ︵ 臓 器 移 植 法 ︶ ﹂ ︵ 平 成 9 年 法 律 第 1 0 4 号 ︶ の 成 立 に 伴 い 、 ﹁ 角 膜 及 び 腎 臓 の 移 植 に 関 す る 法 律 ﹂ は 廃 止 さ れ た 。 現 在 、 角 膜 移 植 は 臓 器 移 植 法 に 基 づ い て 行 わ れ て お り 、 死 亡 し た 者 が 生 存 中 に 角 膜 移 植 の た め に 角 膜 を 提 供 す る 意 思 を 書 面 に よ っ て 表 示 し て お り 遺 族 が 同 意 す る と き は 、 同 法 に 基 づ き 、 脳 死 者 か ら も 角 膜 を 摘 出 で き る よ う に な っ た 。 ま た 、 2 0 1 0 年 ︵ 平 成 22 ︶ の 同 法 改 正 で 、 死 亡 時 に 配 偶 者 お よ び 1 親 等 の 親 族 ︵ 子 お よ び 父 母 ︶ に 対 し て 優 先 的 に 角 膜 を 提 供 し た い と い う 意 思 表 示 が で き る ﹁ 親 族 優 先 提 供 ﹂ の 制 度 が 設 け ら れ た 。 な お 、 ド ナ ー ︵ 角 膜 提 供 者 ︶ が 心 臓 死 の 場 合 は 、 生 前 の 書 面 に よ る 意 思 表 示 が な く て も 、 遺 族 の 書 面 に よ る 同 意 が あ れ ば 摘 出 で き る 。
﹇ 桑 原 安 治 ・ 坪 田 一 男 2 0 2 4 年 5 月 17 日 ﹈
角膜以外の目の組織が傷んでいると視力の回復は期待できないので、あらかじめ術前検査が必要である。
(1)細隙灯(さいげきとう)顕微鏡検査によって、角膜の混濁の状態をはじめ、炎症や癒着の有無、血管の侵入の有無などを調べる。
(2)眼圧測定を行い、眼圧が高ければ移植手術は行わない。眼圧が低い場合も、毛様体萎縮(いしゅく)のおそれがあるので注意を要する。
(3)緑内障 負荷試験によって、緑内障になる素質のある目かどうかを調べる。角膜移植手術が大きな外傷性炎症となり、場合によって眼圧が上昇することがある。
(4)網膜電位図(ERG )は電気的反応による網膜機能の検査で、これによって角膜移植手術の可否を決める。
[桑原安治・坪田一男 2024年5月17日]
腎 臓 移 植 な ど で は 血 縁 者 か ら 片 方 の 腎 臓 を 提 供 し て も ら い 移 植 す る こ と も 行 わ れ て い る が 、 角 膜 移 植 で は 基 本 的 に ド ナ ー か ら の ア ロ 角 膜 ︵ 他 人 の 角 膜 ︶ を 移 植 す る 。 た だ し 、 近 年 、 再 生 医 療 の 進 歩 か ら 、 角 膜 の 上 皮 に 関 し て は 、 自 己 細 胞 に よ る 移 植 が 行 わ れ る こ と が あ る 。 こ れ に つ い て は 後 述 す る 。
一 般 的 な 角 膜 移 植 で は 、 直 径 約 7 . 5 ~ 8 . 0 ミ リ メ ー ト ル の 角 膜 中 央 部 分 を ド ナ ー 眼 球 か ら 採 取 し 、 こ れ を レ シ ピ エ ン ト ︵ 受 容 者 ︶ に 移 植 す る 。 移 植 片 は 1 0 - 0 ナ イ ロ ン と よ ば れ る 細 い 糸 を 用 い て 縫 合 す る 。 こ の 際 、 ド ナ ー 角 膜 が ゆ が ん で 乱 視 を 発 生 し な い よ う に す る こ と が 重 要 で あ る 。
ま た 、 採 取 し た 角 膜 に す べ て 入 れ 替 え る も の を ﹁ 全 層 角 膜 移 植 ﹂ と い う が 、 近 年 で は 悪 い 部 分 の み を 移 植 す る ﹁ パ ー ツ 移 植 ﹂ が 行 わ れ る よ う に な っ て き た 。 角 膜 は 大 き く 分 け て 、 上 皮 、 実 質 、 内 皮 に 分 け ら れ る 。 上 皮 の み の 移 植 を ﹁ 角 膜 上 皮 移 植 ﹂ 、 上 皮 か ら 実 質 の 上 層 部 の み を 移 植 す る 方 法 を ﹁ 表 層 角 膜 移 植 ︵ L K P ︶ ﹂ 、 角 膜 内 皮 を 残 し 、 上 皮 、 実 質 を ほ ぼ す べ て 移 植 す る 方 法 を ﹁ 深 層 表 層 角 膜 移 植 ︵ D L K P ︶ ﹂ と い う 。 こ の 内 皮 を 残 す 表 層 角 膜 移 植 、 深 層 表 層 角 膜 移 植 は 、 拒 絶 反 応 の リ ス ク を 大 幅 に 低 下 さ せ る こ と が で き 、 と く に 深 層 表 層 角 膜 移 植 は 患 部 が 実 質 全 体 に 及 ん で い る 場 合 で も 選 択 が 可 能 な た め 、 現 在 で は 主 要 な 術 式 と な り つ つ あ る 。 ま た 、 角 膜 内 皮 の 疾 患 に は 、 角 膜 内 皮 の み 移 植 す る ﹁ 角 膜 内 皮 移 植 ︵ D S A E K や D M E K ︶ ﹂ も 近 年 増 え て い る 。 こ れ に よ り 、 全 層 移 植 後 に 起 き や す い 乱 視 の リ ス ク が 大 き く 低 減 さ れ た 。 患 者 本 人 の 角 膜 を 部 分 的 に も 残 す こ と で 術 後 の 状 態 を よ り よ く す る こ れ ら の 技 術 に よ り 、 角 膜 移 植 は 一 段 と 質 の 高 い 移 植 医 療 と な っ て き て い る 。
術 後 は 通 常 の 臓 器 移 植 の よ う に シ ク ロ ス ポ リ ン ︵ サ イ ク ロ ス ポ リ ン ︶ A な ど の 免 疫 抑 制 剤 は 必 要 な く 、 ス テ ロ イ ド 点 眼 だ け で 炎 症 を 抑 制 す る 。 な お 、 腎 臓 や 肝 臓 な ど の 移 植 の 際 に は 組 織 適 合 性 抗 原 ︵ H L A ︶ を 一 致 さ せ る 必 要 が あ る が 、 角 膜 移 植 に お い て は 必 要 な い 。
﹇ 坪 田 一 男 2 0 2 4 年 5 月 17 日 ﹈
角 膜 の 寿 命 は 2 0 0 年 と い わ れ て い る の で 、 角 膜 が 透 明 で 以 下 に 述 べ る よ う な 問 題 が な け れ ば 、 近 視 や 乱 視 、 白 内 障 の 者 で も ド ナ ー に な れ る 。 ま た 、 科 学 の 進 歩 に よ り 内 皮 細 胞 検 査 が 可 能 と な っ た た め 、 年 齢 制 限 も な く な っ た 。
角 膜 は H L A の 一 致 は 必 要 で は な い が 、 角 膜 の 上 皮 細 胞 、 角 膜 実 質 、 内 皮 細 胞 の う ち 内 皮 細 胞 は 分 裂 し な い た め 、 内 皮 細 胞 の 数 が 重 要 と な る 。 ス ペ キ ュ ラ マ イ ク ロ ス コ ー プ で 測 定 し て 、 1 平 方 ミ リ メ ー ト ル 当 り 2 0 0 0 以 上 の 細 胞 数 を 保 持 す る 角 膜 が 移 植 に 適 し た 角 膜 と 考 え て い る ア イ バ ン ク が 多 い 。
ド ナ ー 適 応 の 判 断 に つ い て は 、 下 記 ﹁ 眼 球 提 供 者 ︵ ド ナ ー ︶ 適 応 基 準 ﹂ ︵ 2 0 2 3 年 ︿ 令 和 5 ﹀ 11 月 24 日 改 正 、 12 月 1 日 適 用 ︶ に よ り 実 施 さ れ て い る 。
︹ 1 ︺ 眼 球 提 供 者 ︵ ド ナ ー ︶ と な る こ と が で き る 者 は 、 次 の 疾 患 ま た は 状 態 を 伴 わ な い こ と 。
( 1 ) 原 因 不 明 の 死 、 ( 2 ) 全 身 性 の 活 動 性 感 染 症 、 ( 3 ) H I V 抗 体 、 H T L V - 1 抗 体 、 H B s 抗 原 、 H C V 抗 体 な ど が 陽 性 、 ( 4 ) ク ロ イ ツ フ ェ ル ト ・ ヤ コ ブ 病 お よ び そ の 疑 い 、 亜 急 性 硬 化 性 全 脳 炎 、 進 行 性 多 巣 性 白 質 脳 症 等 の 遅 発 性 ウ イ ル ス 感 染 症 、 活 動 性 ウ イ ル ス 脳 炎 、 原 因 不 明 の 脳 炎 、 進 行 性 脳 症 、 ラ イ 症 候 群 、 原 因 不 明 の 中 枢 神 経 系 疾 患 、 ( 5 ) 眼 内 悪 性 腫 瘍 ( し ゅ よ う ) 、 白 血 病 、 ホ ジ キ ン 病 、 非 ホ ジ キ ン リ ン パ 腫 等 の 悪 性 リ ン パ 腫 。
︹ 2 ︺ 次 の 疾 患 ま た は 状 態 を 伴 う 提 供 者 ︵ ド ナ ー ︶ か ら の 眼 球 の 提 供 が あ っ た 場 合 に は 、 移 植 を 行 う 医 師 に 当 該 情 報 を 提 供 す る こ と 。
( 1 ) ア ル ツ ハ イ マ ー 病 、 ( 2 ) 屈 折 矯 正 手 術 既 往 眼 、 ( 3 ) 内 眼 手 術 既 往 眼 、 ( 4 ) 虹 彩 ( こ う さ い ) 炎 等 の 内 因 性 眼 疾 患 、 ( 5 ) 梅 毒 反 応 陽 性 、 ( 6 ) H B c 抗 体 陽 性 。
﹇ 坪 田 一 男 2 0 2 4 年 5 月 17 日 ﹈
ア メ リ カ で は 、 1 9 8 0 年 に MK ミ ー デ ィ ウ ム ︵ 以 下 MK ︶ と い う 角 膜 保 存 液 が 開 発 さ れ 、 角 膜 移 植 は 急 成 長 を 遂 げ た 。 MK は 、 人 工 的 に 眼 房 水 ︵ 目 の 中 の 水 ︶ と 同 じ よ う な 条 件 を 供 給 す る こ と に よ っ て 1 週 間 の 保 存 を 可 能 に す る 保 存 液 で あ る 。 従 来 の 全 眼 球 保 存 で は 24 時 間 が 限 度 で あ っ た 。 し か し 、 摘 出 し た 眼 球 を 強 角 膜 片 に し MK に 保 存 す る と 1 週 間 の 保 存 が 可 能 な た め 、 時 間 的 に 余 裕 が 生 ま れ 、 感 染 症 の チ ェ ッ ク の 問 題 も 解 消 し 、 角 膜 の 使 用 率 が 一 気 に 向 上 し た 。 全 眼 球 保 存 の 場 合 は 緊 急 手 術 が 必 要 で あ っ た が 、 MK に よ り 予 定 手 術 が 可 能 と な り 、 万 全 の 態 勢 で 臨 め る よ う に な っ た の で あ る 。
ア メ リ カ の ア イ バ ン ク ・ ア ソ シ エ ー シ ョ ン ・ オ ブ ・ ア メ リ カ ︵ E B A A ︶ が 発 足 し た の は 1 9 6 1 年 で あ る が 、 こ の 保 存 法 を 取 り 入 れ た 1 9 8 0 年 以 降 、 急 成 長 を 遂 げ て い る 。 現 在 は 、 MK よ り 優 れ た オ プ チ ゾ ー ル や K - ソ ル な ど 10 日 は 保 存 で き る 保 存 液 が 使 用 さ れ 、 よ り 余 裕 を も っ た 角 膜 の 供 給 が 行 わ れ て い る 。
日 本 で も 、 1 9 9 0 年 代 に 入 っ て 、 組 織 培 養 液 を 用 い て 角 膜 切 片 を 作 成 し 、 こ れ を 保 存 す る 方 法 が 導 入 さ れ た 。 こ の よ う な 方 法 で は 、 通 常 保 存 期 間 が 7 ~ 10 日 に な る た め と て も 有 用 で あ る 。 現 在 、 日 本 で も 角 膜 切 片 に し て 角 膜 保 存 液 を 使 っ た 保 存 方 法 が 一 般 的 と な っ て い る 。
﹇ 坪 田 一 男 2 0 2 4 年 5 月 17 日 ﹈
1999年(平成11)に坪田一男(1955― )らが発表した角膜上皮の幹細胞移植の臨床報告から、角膜上皮に関しては再生医療が急速に発展してきた。患者本人に残っている角膜上皮の幹細胞を培養して上皮シートを作成し、移植する。本人の角膜上皮の幹細胞が残っていない場合は、親族の幹細胞を採取して作成したり、本人の口腔(こうくう)粘膜の細胞を培養したりして移植する方法も開発されている。これにより、従来では治療不可能とされた化学外傷などの眼障害などに治療の道が開けた。現在はiPS細胞(人工多能性幹細胞)などを利用した角膜実質や内皮の再生の研究が盛んに進められている。
再生医療の実例としては、京都府立医科大学の木下茂(きのしたしげる)(1950― )らのグループはドナーの角膜内皮細胞を培養して前房内に入れ、患者の角膜内皮を再生する手法を確立、治験の応用まで進んでいる。慶應義塾大学の榛村重人(しんむらしげと)、羽藤晋(はとうしん)らはiPS細胞から角膜内皮様細胞を作製し、角膜内皮不全症の治療に用いている。将来はiPS細胞由来の細胞によって、アイバンクで必要とされる角膜の数が劇的に減ることも期待される。
また、スティーブンス-ジョンソン症候群などの重症な角膜上皮障害に関しては、涙が移植後の治癒率に大きく影響をする。そのため、涙腺の再生の研究も進められており、動物実験ではiPS細胞から涙腺様細胞を誘導し、そこから涙腺前駆細胞を単離して三次元培養することで、成熟した涙腺組織に分化させることにも成功している。
[坪田一男 2024年5月17日]
角膜移植は、ただ単に角膜の透明性を維持するという考えから、術後いかに乱視をなくすか、近視・遠視を引き起こさずに実用的な視力を与えられるか、というレベルまで医学水準が上がってきた。さらに、深層表層角膜移植の進歩により拒絶反応のない角膜移植が可能となってきた。乱視を起こさないための方法にはさまざまなものがあるが、その一つに「シングル・ランニング・スーチャー」という10-0ナイロン糸によって連続縫合を行い、手術中および術後にこれを微調整することによって乱視を減らす方法が一般化している。また、エキシマレーザーにより屈折異常を矯正する方法も開発され(2000年1月28日厚生省認可)、移植後の視力をより高める新たな治療方法として注目されている。
角膜移植のためには、いまのところまだドナー角膜が必要である。日本においては、年間2万件の角膜移植手術が必要と推算されているが、年間の移植件数は減少傾向が続いており、2011年度(平成23)末時点で1586件だったのが、2021年度(令和3)末には814件にまで減っている。そのため、海外から角膜を輸入して治療するケースも増えている。
日本では角膜移植に対する認知度は高く、移植への同意も多いものの、現状では医療に反映されているとはいいがたい。そのため、アイバンクのシステムの整備が必要とされている。
[坪田一男 2024年5月17日]
『坪田一男著『アイバンク ここまで進んだ角膜移植』(1992・日本評論社)』 ▽『坪田一男著『アイバンクへの挑戦』(1997・中央公論社)』 ▽『坪田一男著『ベストじゃなければ意味がない!――最高のアイバンクの実現に奮闘する角膜専門医の記録』(2001・芳賀書店)』 ▽『坪田一男著『移植医療の最新科学――見えてきた可能性と限界』(講談社・ブルーバックス)』 ▽『Kinoshita S, et al.Injection of Cultured Cells with a ROCK Inhibitor for Bullous Keratopathy(The New England Journal of Medicine, Vol.378(11), pp.995-1003, 2018, Massachusetts Medical Society)』 ▽『Hatou S, Shimmura S, et al.Transplantation of iPSC-derived corneal endothelial substitutes in a monkey corneal edema model(Stem Cell Research Vol.55, 102497, 2021, Elsevier, Netherlands)』
出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) 日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例
角膜移植 (かくまくいしょく) corneal transplantation
目次 角膜移植の種類 角膜移植の手術 角膜がにごったり変形したために視力が低下した眼に対し,透明な角膜を置き換える手術。このとき使用する角膜は,多くの場合,アイバンク に登録していた人が死亡したときに提供される。
角膜移植の種類 角膜移植には,手術の方法や用いる角膜によって,次のような種類がある。まず自分自身の角膜を用いる同種自家移植と他人の角膜を用いる同種他家移植とがある。後者には,使用する角膜が死直後の新鮮角膜の場合と,冷凍保存された古い保存角膜の場合とがある。次に手術方法によって,角膜を全部の厚さにつき置き換える全層角膜移植と,一定の厚さにのみ限って移植する表層角膜移植とがある。また手術目的によって,物が見えるようにする光学的角膜移植と,病巣部を取り去ったり孔をふさぐといった治療的角膜移植とに分けられる。これら各種の角膜移植のうち,最も多く行われるのは,他人の死直後の新鮮角膜を用いた,光学的目的のための全層角膜移植である。角膜移植により視力が改善しうるのは,角膜に病変がある場合のみであり,網膜や視神経の病気には無効である。
角膜移植の手術 手術は,病的角膜を直径6~8mmの円形にくりぬき,同様にして切り取った透明な角膜と置き換え,約25μmの細い糸を用いて縫合する。精密な手術であるため,肉眼での手術は困難であり,手術用顕微鏡を利用して行われる。他人の組織を用いた臓器移植には,拒絶反応 が伴うが,角膜には本来血管がないので,拒絶反応の主役となるリンパ球が到達しにくく,他臓器と比べ,拒絶反応が起きにくい。もし起きたときでも,角膜は体表にあって生体顕微鏡を用いて詳しい観察ができるため,病状に対応した加療が可能で,角膜移植の成績は比較的よい。病気の種類によって当然異なるが,全疾患をまとめても75~85%の透明治癒成績が得られる。 執筆者:佐藤 孜
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」 改訂新版 世界大百科事典について 情報
角膜移植【かくまくいしょく】
疾病や外傷による角膜(特に瞳孔(どうこう)領域)の混濁や変形で,視力がはなはだしく害された場合,角膜の中央部または全部を切りとり,正常な角膜と置換する手術。角膜は拒絶反応が起きにくく,成功率が高いため,これにより,ある程度視力を回復させることができる。普通は角膜全層を移植するが,混濁が表層にとどまる時は表層移植を行う。移植角膜は普通アイバンク から調達される。人工角膜や動物角膜の移植は研究段階にある。 →関連項目移植 |角膜炎 |臓器バンク |突き目
出典 株式会社平凡社 百科事典マイペディアについて 情報
世界大百科事典(旧版)内の 角膜移植の言及
【アイバンク】より
…眼球銀行ともいう。[角膜移植]に要する角膜の提供を目的とする組織。従来日本では,解剖と同様に,死後一定時間内は眼球を摘出することが許されなかったが,1958年に〈角膜の移植に関する法律〉が制定され,死体からの摘出が特例として許されるようになり,この法律に基づき設立された。…
※「角膜移植」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」