その時、ランボオの健康状態はよくなかった。放浪生活ですっかり消耗していた。生きいきとして光りを放っていた青い眼もいまは光りを失っていた。何時間もベッドにひっくりかえって、眼をつむってじっとしていた。妹たちが食事に呼んでも食べようとしない。妹のイザベルの語るところによれば、彼は夜も眠れずに、納屋には夜明けまで灯がともっていて、悪魔と闘っているような呻き声がきこえたという。
ときどき野や森を、彼が絶望に沈んだ姿でさまようのが見られた。このとき彼の内部には烈しい危機が見舞っていた。彼は自分の過去をふり返り、自分のあやまちを反省し、自分の挫折を噛みしめていたのだ。ロッシュに着いてからまもなく、彼は﹃異教徒の書﹄あるいは﹃黒ん坊の書﹄を書き始める。ロッシュから書き送った一八七三年五月のドゥラエ宛の手紙は、その頃のランボオの状況をよく物語っている。 ﹁……夕ぐれ、一杯飲みにゆくにも二里も行かなければならない。おふくろはこの悲しい穴倉にぼくを閉じこめてしまった。どうやってここから脱けだすかわからないが、とにかくそのうち脱けだすだろう。あの怖るべきシャルルヴィル、カフェ・ル・ニヴェール、図書館などがなつかしい……けれどもぼくは規則正しく仕事をしている。﹃異教徒の書﹄あるいは﹃黒ん坊の書﹄という題目で、いくつかの小さな散文の物語をかいている。……ぼくはとても気づまりだ。一冊の本もない。ぼくの行けるような酒場もない。路上には事件ひとつ起こらない。フランスのこの田舎のなんとおぞましいことか。ぼくの運命はこの書にかかっている。そのためには、もう半ダースほど残酷な物語をつくらなければならない。だが、こんなところで、どうしてそんな残酷を考えだせよう?きみに物語を送らないが、すでに三つばかり書いた……﹂ ︵つづく︶
︵新日本新書﹃ランボオ﹄︶
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