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  調 姿()  使 (!) (2000) ? 調 ( ) Linux Windows
   

  () PC8001mk2 2 SR (12) 34 ST155 (? ) ( )

( ) () ()

? 210 2 2 ( ) 2 UMT ? 210n ()

 (19786)n      n  

() ! ( ) SN7400 (TTL) IC使 () ()   (使)102 2 (使)210 ()  BASIC  ()
10 INPUT X
20 INPUT Y
30 Z=X+Y
40 PRINT Z
50 STOP
60 END

(X,Y,ZA,B,C END)  RUN 

(23 ) () 12 () 使 INPUTPRINT STOPBASIC ()

2 640*200 BASIC (OS)
CMD CIRCLE(X,Y), R


CMD LINE(X1,Y1)-(X2,Y2)

(LINE,,B) FOR-NEXT
まだまだ先が長いんで覚え書き

高校の時の同級生で将来はパソコン関係をやりたいという
やつに、具体的になにをやりたいのかと聞いたら、
「例えば、ゲームつぐったりやー」と言われた。
これは、なかなか象徴的な言葉だった。

当時のパソコンの利用用途は、確かに「ゲーム」が
多くをしめていた。

この(象徴的な)傾向は、ネットが普及するまでは、そう
大きくは変わらなかったような。

で、私は、ゲームにはあまり興味がなかった。


大学の情報処理の授業でやったのは、1年の時がFORTRAN77
3年の時がPL/1
ともに、わかりにくい授業だった(私の情報処理の授業以上に)
というか、授業の最初に課題を出されて、それを各自が
プログラミングしてるだけ。

高校ぐらいから文章(というか、小説とか)を書いたりしてた
私は、
大学に入って、高価なパソコンよりも、むしろ安価なワープロが
ほしかった。
自分の文章を電子化して保存しておきたかった。

で、大学2年の時に5万円だったか2万円だったかの
書院の中古ワープロを買った。
ディスプレイは、1行×12文字で、保存媒体はカセットテープ。
JIS第一水準漢字までで、フォントは24*24ドットの明朝。
外字をいっぱい作ったものだ。

大学4年から研究室配属。
MS-DOS を5インチのフロッピーディスクで立ち上げて
MIFESなどのエディターや、Ngraphや、
MS-Fortranや一太郎 3.0を使っていた。

40MBのハードディスクが導入されたときは、すごいなあと思った。
修士2年からは、4人に2台ぐらいのEpson286マシンが導入されて、
40MBの外付けハードディスクからMS-DOSが起動した。
まだ、TeXは使ってなかった。

研究室では常に、ゲームは流行っていた。
私もTakalithだけには、割りとはまった。
#ちなみに、Linux上でもTakalith(を更に難しくした)みたいなゲームができるようだ。
でも、長期的に見ると、
私はそれほどゲームには興味がなかった。
というか、
ゲームのために、パソコンのことを勉強したり
ゲームのために、パソコンを買おうと思い立ったりするほどには、
ゲームは、パソコンをやる動機付けにはならなかった。

そのころ研究室で、ソニーのNewsが導入され、
TelnetでNewsにつないでフォートランで計算したり、
メールを使ったりやりはじめた。

UNIXコマンドライン上でviでプログラムを編集して、
コンパイルしてエラーが出てデバッグしてという一連の作業は、
それなりに楽しい作業だったけど、
これも、パソコンのことを勉強したり、パソコンを買ったりする
動機づけにまではならなかった。
 
DOS上でLaTeXを使いはじめたのもその頃からだったろうか。
数式は勿論、組版などのレイアウトも当時は、
LaTeXがワープロよりも確実にきれいだったと思う。

こんなふうに、私は DOS上でMIFESなどのエディタや
NGraphなどのグラフ描きソフトやLaTeXを使っていたし、
UNIX上でviでプログラムを編集してコンパイルしたりしていた
けど、それは言うなれば、今時のWindowsユーザーに
たとえて言えば、せいぜい
「私、ワードとエクセルとパワポができまーす」
ってレベルであって、
そうした自分が使う各種ツールのインストールや設定は
人任せにしてやってもらうことが多かった。

ここから先もパソコンの進化に応じて色々と話題はあるんだけど、
私は、パソコンの各種設定を人任せにしていて、
典型的な「悪いパソコンユーザー」を
何年も続けることになる。

というか、まだインターネットのない時代や普及してない時代に、
パソコンの各種設定について調べて勉強している人たちは
どうやって、勉強していたのだろうと、未だに不思議に思う。

#今は、インターネットのおかげで、本当に勉強しやすくなった。

で、転機の一つは、そのインターネットだ。

私は、1997年頃から、ウェブページを書き始める。

これは、いろんな意味で、私にはすごく面白く思えた。

ハイパーテキストという書式は、私のやりたいことを
やるのに、実に最適で合目的的であった。

私は、HTMLを書いたおかげで、
それまではやや批判的に見ていたLaTeXの良さを
再認識し、
ウェブの読み書きにはまったおかげで、
パソコンを使うことが好きになった

で、ウェブページ上に何でも書きたいことを遠慮なく書けるように、
自分の私的なウェブサイトを立ち上げるために、
プロバイダー契約し、というかプロバイダー契約するために
生まれて始めてキャッシュカードを作り、
生まれて始めてパソコンを買った。
(クロックは133MHz, メモリは増設して80MB, ハードディスクは1.5GB, OSはWindows95)

Windows上の各種ソフトのインストール方法とかを
自分で勉強し始めるのは、ようやくその頃からだ。

で、インターネットが普及してからは、
分からないことをウェブ上で調べると、
非常に多くの情報が簡単に手に入るようになった。
インターネットが普及する前のDOS時代の人たちは、
本当によく勉強していたと感心する。

時に、
(2005年頃現在)70になった私の母親は、左脚の股関節が痛んできたみたいなんで、
オートマに乗り換えた方がいいと思うのだけど、
本人はがんとしてオートマに乗る気はないそうだ。
マニュアルに慣れてきたし「この年で」新しいことを覚えるのはイヤとか。
私はこの手の「年寄りの保守性」(と名付けておく)は、
年を取ったっから新しいことに手を出すのが億劫になったという要素だけではなくて、
その人が若い時から、分からないことを「自分で調べる」
やったことのないことを「自分でやってみる」という習慣を身に付けない
まま年を取ってしまったという要素も大きいような気がしている。

「年を取ると機械はダメで」と言い訳をする万年パソコン初心者や
「年を取るともう会話はダメで」と言い訳をするエスペラントの
万年初心者(いわゆるeterna komencanto)がいる一方で、
年を取ってからパソコンに興味を持ってウェブを立ち上げる人もいれば、
年を取ってから語学学習を開始して、会話ができるようになる人もいる。

まあ、性格とかもあるだろうけど、
「自分で調べてやってみる」という習慣を身に付けるかどうかで
今後の(それなりに長い)人生の楽しみやすさ、楽しみの多様性は、
大いに変わってくると私は思う。


  (2013)




調

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