果位
仏教用語 果位 | |
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四沙門果
編集七聖者
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パーリ仏典中部キーターギリ経では、釈迦は比丘たちを7種類の人︵七聖者, 七識住︶に分類した[3]。
比丘たちよ、これら七︵種類︶の人が世間に見られる。いかなる七か。
倶分解脱、慧解脱、身証、見至、信解、法随行、信随行である。[4]
(一)倶分解脱︵ubhatobhāgavimutto︶ - 阿羅漢の智慧︵paññā︶、および無色界禅定の両方に達した解脱者[3]。
(二)慧解脱︵paññāvimutto︶ - 禅定は得ていないが、智慧により阿羅漢に達した聖者[3]。
(三)身証︵kāyasakkhī︶ - 無色界禅定に達し、智慧により一部の煩悩は滅された聖者︵預流果以上で阿羅漢未満︶[3]。
(四)見至︵diṭṭhappatto; 見到達︶ - 一部の煩悩は滅されているが、禅定は得ていない聖者[3]。
(五)信解︵saddhāvimutto; 信解脱︶- 一部の煩悩が滅されており、如来に対しての信頼(saddhā)を確立している︵預流果以上の悟り︶[3]。
(六)法随行︵dhammānusārī; 随法行︶ - 預流果に達していないが、ある程度は煩悩を滅しており、如来の教えを一部ながらよく洞察し、五根︵信、精進、念、定、慧︶が備わっている[3]。
(七)信随行︵saddhānusārī; 随信行︶ - 預流果に達していないが、ある程度は煩悩を滅しており、如来に対しての信頼(saddhā)愛情(pema)を確立し、五根が備わっている[3]。
倶分解脱および慧解脱に達した者は不放逸となっており、もはや何をしても放逸することはない︵na appamādena karaṇīya; 不放逸になすべきことなし)[4]。
説一切有部
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説一切有部においては、見道、修道、無学の三段階を提案した。見道は預流に等しく、修道は阿羅漢向に等しく、無学は阿羅漢果と呼ばれる。